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2015年12月

2015年12月29日 (火)

第253号 バスと子供

ソロラからロスエンクエントロスに向かうバスの中でのことだ。10歳か11歳くらいと思しき女の子が両親とともに乗り込んできた。バスはそう混んではいないが、かといってガラガラでもない。両親は座席に座ったが、少女は父親の座席横に立っている。しばらくすると、多数の乗客が下車し、バスはガラガラになった。少女は父親のいる場所から移動し、誰もいない座席横に行ったが、依然として立ったままだ。時々両親の顔を見て微笑むが座る様子はない。そんな状態がしばらく続いたが、やがて母親の顔を見ながら、少しはにかんだように笑い、思い切った様子で席に腰を下ろした。
この国では、子供のバス料金は大人が同伴の場合は何人でも無料だ。その代わり、料金を払わない子供は座席に座ることは許されない。かといって、ガラガラのバスで座ったからといって誰も責めはしない。だからといって、堂々とは座らない少女の仕草が可愛かった。

写真は本文と関係ありません。

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2015年12月23日 (水)

ハロウィン

ハロウィン
10月31日土曜日、パナハッチェル。何時もと変わらない日常。明日の使者の日を意識しているからかどうか、町の観光客は何時もより少し少なめか。夕方近くに何時もの喫茶店でコーヒーを飲んでいると、何かに仮装した子供が二人ウロチョロし始めた。通りに出て見渡したが、それ以外には仮装した人は見当たらない。時間の経過とともに、あちらにポツンこちらにポツンと仮面を被ったり何かに模した服装をしたりした人々が見え始めた。その頃から子供だけでなく大人もちらほら。今日はハロウィンなのだ。しばらくそこらでウロウロしていたが、仮装人口がそれほど増えるわけではない。ほんの僅かの子供達とその数分の一の大人たちが、異装をし仮面を被って遊んで?いただけだ。知り合い同士が、まあ可愛いとか素敵だとかいって褒めあいをしているのは見たが、大部分の人はそんな衣装を見て振り向きはするがあまり関心は示していないように見える。この地方の人々の感覚はまともであると内心ほくそ笑んでしまった。
翻って、日本のことを考えてみよう。コスプレなるものの展示場と化した馬鹿騒ぎは論外として、早い時期からスーパーの店員までもがかぼちゃのお面を被って対応し、町中がハロウィン・ハロウィンと大騒ぎする。なんだ、これは?僕には理解し難い現象だ。
ハロウィンはもともと古代ケルトを起源とする収穫祭だと言う。しかし、古代ケルトの祭りと現在日本のハロウィンとの関係は皆無だろう。アメリカを経由してきた物事、あるいは金儲けの材料になると菓子やケーキメーカーに目をつけられたもののみが日本に根付く。同じケルト起源でも、あれがもしスペイン経由であったとしたら日本に根付くことはないに違いない。世界中に面白い風習はいっぱいあると思うが、面白そうというだけでは決して日本には根付かない。そう思うと余計に腹が立つ。
グアテマラ頑張れ。ハロウィンなんか取り入れなくてよい。

クリスマスイブの前日に届いた新聞折り込み広告の山を前に、少し感情的になりつつ。
写真は本文と全く関係ありません。
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2015年12月19日 (土)

第251号 食堂と犬

食堂で食事をしていると犬がちょろちょろし始めた。首輪はつけているが毛並みは悪い。店の犬ではないようだ。やがて僕から2mほど離れたところに座った。顔はこちらに向けてどうも食べ物をねだっているようだ。ほんの少しづつ匍匐前進してくる。20分程かけて約1mほどまで近寄ってきた。それ以上は近づかない。立ち上がるわけでもなくわけでもなくじっとこちらを見ている。何ともいじらしいではないか。熱意に負けて?残飯を少し投げた。さっと立ち上がって食べ物のところまで走りむしゃぶりついていた。そこらをうろついている町犬たちに食べ物を与える行為がいいことか悪いことかは分からない。
昨日愛猫が死んだと妻から連絡があった。今日は街をウロつくこちらの犬たちも皆愛おしい。
写真はこの時の犬ではなく他日他店で近寄ってきた犬である。
11月9日記
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2015年12月16日 (水)

第250号 パナハッチェルへの移動と大統領選挙

10月25日はグアテマラ大統領の決選投票の日だった。この日にアンティグアからパナハッチェルへ移動した。アンティグアはごく普通の何時もと変わらぬ日常に見えた。しかし、パナハッチェルでは投票のために、目抜き通りであるサンタンデールが車輌通行不可となっていた。そのため、シャトルバスはずっと手前で右へ曲がり、サンペドロなどへ行く船着場の前で止まってしまった。ここで降りろと言う。さて困った。僕が投宿予定の宿はずっと離れた所にある。ぎゅうぎゅうに詰め込んできたスーツケースは絶望的に重い。道はガタガタでスーツケースの車輪が壊れそうだ。途中でトゥクトゥクを拾いなんとか宿までたどり着いたが、もうクタクタだ。明日はあちこちが筋肉痛にちがいない。
宿は、日曜日なのにガラガラで宿泊客は僕一人のようだ。選挙のため誰も移動せず旅行なんかしないのだそうだ。街に出て見た。多くの店がしまっていた。客がなくて商売にならないらしい。選挙会場への行き帰りで人は多かったが、街としての活気はない。
12年前に始めてグアテマラへ行った。その時も次期大統領選挙をやっていた。選挙当日に、今日・明日は危ないから出歩かないようにと言われた。負けた候補者の支持者が何をするか分からないから、というのが危ないという理由だった。その年は、ボヤやら小さな小競り合いなどがいくらかあった程度で大したことはなかった?が、それ以前はひどかったらしい。選挙に勝つ最も効果的な方法は相手候補を消すことだという、あながち冗談ばかりでもなさそうな話も何度か聞いた。その頃に比べたら随分平和になったのだろうか。パナハッチェルの観光地としてに活気はなかったが、僕の目には平穏そうには見えた。
注目の?大統領選挙は、元コメディアンで政治には全くの素人だというジミー・モラレス氏が当選した。初の女性候補のサンドラ・トーレスは完敗だった。はた目にも、今のグアテマラの政治の舵取りは困難な課題山積みに見えるが、さて新大統領の力量やいかに。
選挙の翌日の新聞ディアリオはほぼ全面が選挙に関する記事だった。
写真は当選したジミー・モラレス氏の写真である。コツァルで見たものだ。マノドゥロー(固い拳)をシンボルとする右派政党の支援を受けているらしい。全くの独断であるが、この政党の支持を得ているようでは、あまり期待はできそうにない。
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2015年12月11日 (金)

フィアンブレ

11月1日に宿の主人から、死者の日の特別食としてフィアンブレというものを食べるのだが、一緒に食べるかと誘いを受けた。断る理由はもちろんない。
4ー5種類の煮込んだ野菜と、茹でたフリホーレス(豆)と、5種類も入っているというハムとソーセージと、スライスしたチーズと輪切りにしたゆで卵が台所に並んでいる。宿の主人がそれらをレタスを敷いた皿に手際良く並べていく。最後に粉チーズを振って出来上がりだ。味は煮込んだ野菜につけてある。甘酸っぱい。そして、ビートの赤が強烈だ。いわば盛りだくさんのサラダである。
年に一度の死者の日の食べ物だそうだ。結構高価なもので貧しい人は食べられないという。パナハッチェルでは約20%くらいの人しか食べてないとの説明だ。即座に20%という数字が出てきたが事実なのかどうか、何を根拠にした数字なのかはよく分からない。
後で何人かの人に聞いたが、どうもマヤの人たちにはフィアンブレを食べる習慣がないか、あったとしても最近のことのようだ。グアテマラの死者の日の食べ物として有名であるが、主にはラディーノの食べ物として有名なのではあるまいか。貧しい人々は食べられないというよりは、別に貧しくはなくても、もとより食べる習慣がないので食べないだけのことではないのか。あくまでも推測である。
肝心の味であるが、美味しかった。たくさんの具、とりわけたくさんの野菜は嬉しかった。あー、うまい。この日にこの場所にいてこんな食事にめぐりあわせて大変幸福だ、と最大限の謝辞を述べて帰ったが、まあ、それほど褒めそやすほどのものでもない。おっと、こりゃ失礼かな。

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2015年12月 4日 (金)

番外編 帰国

今回はヒューストンでの乗り換え時間は1時間35分しかない。走るつもりでリュックの重量は極力減してある。幸い飛行機は20分くらい早く着陸した。これは幸先が良いと喜んだのもつかの間、飛行機から降りるゲートの準備ができてなくて、しばらく滑走路横で停止し、逆に10分遅れたしまった。後、1時間25分しかない。トイレも我慢して、入国審査場に向かって走る。かなりの人が並んでいる。係員の女性に時間が無い旨いうと、まだ1時間以上あると一蹴されてしまった。時間は進むが列は進まない。イライラしていると、僕の少し前に並んでいる日本人女性を見つけた。彼女もやはり日本に帰るのだが、僕より30分ほど出発時間が早い。これはちょっとやばい。係員を見つけてなんとかならないのかと聞いたが、もう少しだからそこで待ての一点張りだ。出発時間まで後15分というところで彼女は入国審査を終えた。それから1度外に出て今度は出国審査をし、出発ゲートまで行かねばならない。果たして間に合ったかどうか心配だが、もう確かめるすべも無い。僕の場合、役20分前に出国審査まで終えることができた。やれやれと一安心し、出国便のパネルを見ると、成田行きはターミナルCからの出発に変わっている。現在いるのはターミナルDだ。これには慌てた。てんやわんやでなんとかターミナルCにたどり着いた。乗客は全て乗り込み待合所にはもう誰もいなかった。今日はグアテマラを朝6時発の飛行機に乗ったため、起きたのは3時前だった。そのこともあって、座席に座った途端疲れがどっとでてきた。皮肉なことに、他の乗り継ぎ便の荷物到着が遅れたとのことで、出発は40分も遅れた。
教訓。乗り継ぎ時間の少ない飛行機には乗るな。乗るとしても、ヒューストン経由は使うな。これまでの経験だと、他の空港では時間のない乗り継ぎ者にはもっと配慮してくれる。
なお、昨年までは、ヒューストンには外国便への乗り継ぎ者専用のブースがあった。これは便利だと喜んでいたが、なぜか今年は姿を消していた。

日本の成田に到着後、荷物受け取り場所に着いたらすぐに名前を呼ばれた。また何かあったのかと訝しがっていると、「小谷様は羽田から高知へ行かれることになっていますね。お乗り継ぎになる高知への便は、時間的に少々苦しいのですが、今すぐ行かれると間に合いますので」と、僕のスーツケースを持って待っていてくれたのだ。ヒューストンの後だけにその心遣いが身にしみた。日本のサービスはやっぱりいいなー。
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写真はヒューストン空港の内部。今回は写真を撮る余裕など全くないから、これは昨年の写真です。

番外編 帰国

今回はヒューストンでの乗り換え時間は1時間35分しかない。走るつもりでリュックの重量は極力減してある。幸い飛行機は20分くらい早く着陸した。これは幸先が良いと喜んだのもつかの間、飛行機から降りるゲートの準備ができてなくて、しばらく滑走路横で停止し、逆に10分遅れたしまった。後、1時間25分しかない。トイレも我慢して、入国審査場に向かって走る。かなりの人が並んでいる。係員の女性に時間が無い旨いうと、まだ1時間以上あると一蹴されてしまった。時間は進むが列は進まない。イライラしていると、僕の少し前に並んでいる日本人女性を見つけた。彼女もやはり日本に帰るのだが、僕より30分ほど出発時間が早い。これはちょっとやばい。係員を見つけてなんとかならないのかと聞いたが、もう少しだからそこで待ての一点張りだ。出発時間まで後15分というところで彼女は入国審査を終えた。それから1度外に出て今度は出国審査をし、出発ゲートまで行かねばならない。果たして間に合ったかどうか心配だが、もう確かめるすべも無い。僕の場合、役20分前に出国審査まで終えることができた。やれやれと一安心し、出国便のパネルを見ると、成田行きはターミナルCからの出発に変わっている。現在いるのはターミナルDだ。これには慌てた。てんやわんやでなんとかターミナルCにたどり着いた。乗客は全て乗り込み待合所にはもう誰もいなかった。今日はグアテマラを朝6時発の飛行機に乗ったため、起きたのは3時前だった。そのこともあって、座席に座った途端疲れがどっとでてきた。皮肉なことに、他の乗り継ぎ便の荷物到着が遅れたとのことで、出発は40分も遅れた。
教訓。乗り継ぎ時間の少ない飛行機には乗るな。乗るとしても、ヒューストン経由は使うな。これまでの経験だと、他の空港では時間のない乗り継ぎ者にはもっと配慮してくれる。
なお、昨年までは、ヒューストンには外国便への乗り継ぎ者専用のブースがあった。これは便利だと喜んでいたが、なぜか今年は姿を消していた。

日本の成田に到着後、荷物受け取り場所に着いたらすぐに名前を呼ばれた。また何かあったのかと訝しがっていると、「小谷様は羽田から高知へ行かれることになっていますね。お乗り継ぎになる高知への便は、時間的に少々苦しいのですが、今すぐ行かれると間に合いますので」と、僕のスーツケースを持って待っていてくれたのだ。ヒューストンの後だけにその心遣いが身にしみた。日本のサービスはやっぱりいいなー。
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写真はヒューストン空港の内部。今回は写真を撮る余裕など全くないから、これは昨年の写真です。

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