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2015年11月

2015年11月23日 (月)

旗幟鮮明なり

写真のあちこちに旗がひらめいているのが見えるだろうか。コツァルの風景である。赤・橙・白の旗があちこちの家に掲げられている。先の大統領と市長選の支持政党の旗である。自分の支持する政党の旗を庭先に掲げる、あるいは支持者のポスターを家に貼る。ポスターは別にしても、まさしく文字通り旗幟を鮮明にする、である。他の地区ではこんな旗がひらめいているのは見たことがない。同じイシルでもネバフには見られない光景だった。チャフルにはまだ行っていない。


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2015年11月12日 (木)

ウイピルは和服と同じ運命か

若いけど、病身のおかあさんの土産物店を継ぎ一人でやりくりをしているノルマにはパナハッチェルに来たら一番にあう。今回も彼女を訪ねた。元気そうで顔が少しふっくらしている。しかし、どうもいつもと何かが違う。服だ、着ている服が違う。彼女はいつも民族衣装であるウイピルと呼ばれる上着とコルテというスカートを履いていた。しかし、今日はジーンズのズボンにTシャツとジャージの上着だ。
土産物屋をしているから、マヤを強調する為にも、何時もジーンズとティシャツというわけにはいかないが、歩くにも走るにも手を上げるにも洗うにも何をするにもこちらの方が便利なんだと彼女はいう。去年までは確か、ウイピルとコルテをべた褒めしていたと思うのだが??
このようにしてグアテマラのあの綺麗な民族衣装も、少しづつ日本の着物と同じ運命を辿って行くのかなと、少しさみしい。着る者にとって大切なのは実用性だとは分かるけど,でも、あちこちの村に行って、皆TシャツにGパンや綿パンだったら、やっぱり寂しい。親から子へと伝えられてきた織物技術もやがては廃ってしまうのだろうか。いつか、手織りのウイピルはハレの日の特別衣と化して、高級店でしか買えない日がくるのかもしれない。
一年ぶりの挨拶を交しながらそんなことを考えた。

写真はパナハッチェルの古着市

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2015年11月 4日 (水)

死者の人

11月1日は死者の人呼ばれている日だ。皆墓参りに行く。それに特定の地域では大凧揚げが有名だ。大凧はなくても、どこの地域でも凧揚げそのものはするらしい。凧を通しての使者との交信である、とは何かで読んだが、直接聞いたことはない。
1日は墓地を見には行かずチチカステナンゴの市へいった。墓参のために花を買い求める人でチチカステナンゴの市は溢れかえっており、行ったことを後悔した。
よく2日にパナハッチェルの墓地に行って見た。市営の墓地だ。墓の入口の200mくらい前から入り口に至る道の両側には、いろいろな店の屋台が並びお祭りの雰囲気だ。入ってすぐの場所には警察官の臨時派出所もあり、5ー6人の警官がたむろ?していた。人がたくさん集まり酒も入ると、揉め事も多いということかな。今日は墓参の人はそう多くはなかったが、墓前に置かれた花の数や、片隅に集められたゴミの山が、昨日の人での多さを連想させた。昨日来なくてよかった。来ていたらきっと、身動きできないほどの混雑の中に身をおいて戸惑ったに違いない。
以前見たことのあるアンティグアやソロらなどに比べると、ここの墓は一つあたりの面積が狭い。そして、棺が一つはいるだけのボックスが何段にも重ねられている形式のものが多い。2段3段ベッドがズラリと並んだ木賃宿の様相だ。すぐ近くのソロラにある墓とは随分様子が違う。人々の考え方の違いなのだろうか、歴史の違いなのだろうか。
パナハッチェルの宿の主人が、市営の墓に物足りなさを感じている人々のために私営の墓作りを次の金儲けのターゲットにしたいと数日前に語っていたのを思い出した。


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下はこれからの入り手を待つ墓

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