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2015年3月

2015年3月29日 (日)

第242号 乗り物の出発時間

 ネバフのバスターミナルでコツァル生きのミニバスをさがす。人はうようよいる。誰がバスの関係者かはわかりづらい。しかし、面白いことに、誰に聞いてもどのバスがコツァル行きなのか教えてくれる。もし聞いた人がわからなくても、知らないとは言わずに他の人に聞いて教えてくれる。だから、どれがコツァル行きなのかはすぐわかる。

 その日、教えてもらったそのバスには乗客は誰も乗っていない。運転手の姿は見えない。車掌だけが、所在なさげに助手席で寝そべっている。これはまだしばらくは出ないに違いないと思い、そこらでもブラブラ散歩しようかと、車掌に出発時間を確かめる。時計も見ずに後8分で出るから乗っておきなという。いい加減なことをいうなと思ったが、本当に10分ばかりで、あまり客もいないのに出発した。散歩に行かないでよかった。何もかも大雑把なのだが、それなりに大枠から外れることはない。

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僕の知る唯一の例外はアティトゥラン湖周辺の村へ行く船だ。あそこは客数が集まるまでいくらでも待たされる。本当にやきもきする。まあ、それはそれで、時間に関係なく客数で運行が決まるという決まりらしいから仕方ないか。こちらとしては、そんな大雑把さを楽しむしかない。音楽を聴くなり、周りの景色を眺めるなり、人間観察をするなりいろいろすることはある。1分遅れたら車内放送で謝罪する日本の方がよほど窮屈だ。

 

2015年3月22日 (日)

第241号 釣銭

 釣銭については前にも書いたことがあるような気はするが、ま、いいか。 

もう2年ほども前の話だが、セマナサンタが終わった頃を見計らってイシルへ行った。キチェからはミニバスを利用した。グアテマラ方面に向かうバスは超満員で長蛇の列ができていたが、イシルに行くミニバスは僕を入れて3人の客しかいない。こんな空いたバスに乗るのは初めてだ。

 出発して20分も走った頃だろうか、車掌がバス代を集めに来た。小銭がなかったため、100Q札をだす。料金は25Qのはずだ。今までの例からするとまずお釣りは持っていない。100Qを受け取った車掌は、黙って何も言わず、もちろん釣り銭も渡さず、元の位置に戻ってしまった。日本人の感覚だと、「すみません、いま釣り銭がないのであとでおかえしします」くらいのことは言わねばならない。しかし、ここでは知らんふりして一言も発しない。

グアテマラが始めての人なら、このまま釣りは戻ってこないのではないだろうかと心配になるに違いない。僕も最初の頃は忘れてしまっているのではないかとか、誤魔化されるのではないかと思ってやきもきしたものだ。

 バスが終点に着くと車掌はすぐバスから降りてあちこちをウロウロしている。やがて帰って来た。手に小銭をつかんでいる。両替に行っていたのだ。何も言わないまま75Qを投げるように僕に手渡した。

 こんなもんだと知らないと、諍いの元となる出来事の一つではある。あらかじめ釣り銭を用意するという習慣は、ほとんど無いようだし、釣り銭がないことを問題にする気配すらない。

 釣り銭のないのはバスだけでなく、いろんな場面で見られる。レストランでも、土産物店でも、屋台でも。釣り銭のための両替に行くのに、客だけを残して店が空になることもしょっちゅうある。その気になればいくらでも泥棒できるのだが、そのことを心配するような様子もない。

 そんなに人を信用していい社会には見えないのだが、その点は少し不思議だ。

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2015年3月15日 (日)

第240号 一日の売上いくら?

 パナハッチェルのメインストリートで民芸品店を営むベルタに、一日にどれくらいの売り上げがあればいいのか聞いてみた。「うーん、350ケツァルくらいあればいいのだけど、なかなかそうはいかないのよ」と朗らかに教えてくれた。目標には遠く及ばないらしい。2時間か3時間くらい店の奥に座って話をすることも稀ではないのだが、其の間全く売れない様子も何度か見たので、目標を達成できていないことは容易に想像できる。まるで高知における我がグアテマラ民芸品店のようなものだ。

 それはさておき、一日の売り上げ目標の金額の根拠も教えてくれた。その計算の仕方が面白い。とにかく生活にかかる費用を全部日割りして行くのだ。一日に店の家賃がいくら、朝食・昼食・夕食代がいくら、途中に食べるおやつ代がいくら、娘の授業料が一日いくら、学校に行くバス代がいくら、電気代云々とはてしなく続いていく。そしてそれらを総合計した額にいくらかプラスした額が350ケツァルになるというわけだ。普通、そんな計算は日割りではしないでしょう、と思うがグアテマラでは良くあることなのだろうか。仕入れの値段まで日割りとなるとなんだか正確な計算になるのかどうか、どうも怪しい。しかし、こんな計算で商売も生活も成り立っていくのだから面白い。ちなみに、350ケツァルは約5000円である。店の家賃は一日30ケツァルで、日本円にして450円程度ということだ。月にすると、家賃約135百。

 目標には達しないということだが、ここの商売で生活できているわけだからそこそこは売れているのだろう。その、そこそこがいくらなのかを聞いてみたかったが、今回は遠慮した。もっと仲良くなったら聞いてみよう。

2015年3月 8日 (日)

第239号 墓

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上の写真はソロラの墓地。

グアテマラの墓は、一見華やかと言おうか、色とりどりでとても可愛らしい。白雪姫に出てくる小人の国の人たちの家かと見間違うほどだ。僕の見た限りでは、ソロラとチチカステナンゴの墓が一番鮮やかだ。田舎に行くほどだんだん地味で質素になってくる。逆にアンティグアの墓は、原色を使った華やかさはないが、豪華である。もちろん豪華さはそれぞれの懐具合によるのだが、なかには貧乏人の家よりは大きいのもある。

 

 イヤー豪華だなと思っていたら、ある人の話によると、アンティグアの墓などはグアテマラシティにある墓に比べたら足下にも及ばないのだそうだ。歴代の独裁者や大統領や大富豪などの墓は恐らくグアテマラシティに集中しているだろうから、ま、想像はできる。

 大昔の天皇や豪族の陵などを除き、現在の日本では富豪といえども、それ程豪華な墓は考えにくいが、これは死生観の違いによるのだろうか。それとも単なる見栄か。


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チチカステナンゴウ(左) ネバフの墓地遠景(中) アンティグアの墓地入り口付近(右)






2015年3月 1日 (日)

第238号 ドルとケツァルの交換比率

 

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 ドルのケツァルへの交換制限があり旅行者には厳しい。2014年の6月某日、どこで交換するのが一番効率が良いのかと調べてみた。

まずは銀行。口座を持っていないと替えてくれないところが多くなったが、まだ替えられるところもいくつかはある。その銀行のある日のレートは1ドル7.73ケツァルであった。その日の町の両替屋のレートは7.4ケツァル。0.33ケツァルの差だ。ほとんどの民芸品店はドルでも受け取るのだが、店でドルで支払った場合は1ドルを7.5ケツァルとして計算してくれる。良心的な店だと7.65で計算してくれるところもある。もっと良心的な店だと、銀行と同じ7.73ケツァルで計算してくれる所もある。その他現地の知人に銀行で交換してきて欲しいと頼んだら7.65ケツァルだ。別に頼んだ人が手数料を請求するからではなく、グアテマラ人がいくとそうなるらしい。同じ銀行での交換なのに、なぜ現地の人に頼んだら我々が両替するときの引き換えより率が下がるのかはよく分からない。もし誰でもそうなら,銀行と同じ率でドルの買物のできる店はだいぶ損をすることになるのだが・・・。何かカラクリがあるに違いない。

 こうしてみると,銀行での交換以外では、良心的な店を探してその店で買物をするのが一番いいのだが、これはもちろん、買物をする時に限られるし、その店に必ず欲しいものがあるかどうかもわからない。

 と、ダラダラと数字を書いたが、一番安い町の両替屋と銀行の差は,100ドルにつき33ケツァルだから日本円にして420円程度の違いである。町の食堂なら2回は食べられる金額だ。この差が気にならぬ人には関係のない話だ。町の両替屋でなら金額制限はなくいくらでも変えてくれる。

 尚,VISAのクレジットカードからATMではなく窓口でケツァルに替えてくれる銀行もある。これはドルを気にしなくてもいいことと,暗証番号のスキミングに会うことがないという安全面とでとてもいいと思うのだが,残念ながら銀行の数がかぎられている。僕が知っているのはアンティグアの1箇所だけだ。

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