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2014年7月

2014年7月27日 (日)

何のための明るさ?

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グアテマラから日本への中継地であるヒューストンに向かうためグアテマラ空港に着いた。ここでは空港内部へ入れるのはパスポートを持った人だけだ。パスポートを見せて中へ入る。暗い。チケットカウンターはもちろん明るいのだが,その他は暗い。空港は明るいものだと思い込んでいる僕には少し異様に見える。搭乗手続きを済ませ椅子に座って今夜のヒューストンでの宿と明日の搭乗時間の確認をする。暗い暗いと思っていたが,それを確認するくらいの明るさは十分あるし、本も読める。辺りを見回してみる。当たり前のことだが,誰もが普通に歩きそれぞれの行動をしている。考えたら,この明るさで困る人が果たしているのだろうか。誰もいないのではないか。だとしたら,この明るさで十分なのだ。ひるがえって,日本のあの明るさはなんだ。あちらこそが異常ではないのか。

 2011年の311日から23週間して成田に降り立った時、空港の暗さにあの震災を実感した。あの時はあの暗さに緊急時を感じた。しかし、あの時空港の明るさで困った人がいたのだろうか。

 別に困ることもないのに、できるだけ明るくせねばならない、隅々まで照らさねばならないと追い立てられる私たちの思いこそが、自分たちの感覚を狂わせ、電力会社をのさばらせ、原発を続けさせようとする人たちを勢いづける原動力ではないのかとも思う。

2014年7月20日 (日)

第206号 青い空の会見学

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 今年もソロラにある子供や女性救援プロジェクトのの青い空の会を訪れた。主宰者のMさんが日本帰国中のため今回の指導は留守番役のAさんだ。入ってまずは驚いた。新品の真っ白のジャノメミシンが2台部屋の真ん中に座っていた。

 

 本日の参加者は若い女性3人。昨年見たのはカード作りだったが、今年はミシンを使っての巾着袋作りのようだ。Aさんから簡単な説明を受けた3人は早速作業に入る。なかなかミシンの扱いにも慣れているようだ。このミシンを買ったのはいつかは知らないが、買ってからそう長くは経っていないはずだ。しかも話を聞くと彼女たちは月2回程度しかここに来て作業はしないというから、まだそう何回も使ったわけではないだろう。それにおそらくミシンを使うのは初めてのはずだし、ひょっとしたら見るのも初めてだったかもしれない。見ていて、糸が詰まった時の対処方法などにはまだAさんの助けが必要だったが、縫うことだけに関して言えば、その飲み込みの速さに感心する。人によって習熟度にバラツキはあるのだが、できる人はまだ十分で来ていない人にさりげなくアドバイスするなど、連携プレイもできているようだ。

 

 3時間半、休憩も取らずによく集中して作業は進んだ。2枚の布を縫い合わせ、紐を通す口をつけ、最後に紐を通して巾着の出来上がりなのだが、3時間半で一人当たり7枚が出来上がった。作業中は寡黙で作業に集中していた彼女たちだが、終わるとホッとした様子で笑みが少しこぼれ、疲れたとつぶやいた。

 

 出来栄えは人によってかなり違うし、まだまだ雑な部分が目立つ。一般的に言えば、出来上がりとその過程を重んずる日本人と、少しは曲がっていようが汚れていようが全く気にする様子のないグアテマラ人とのものの見方の相違もあって、その差を埋めるのはかなりの労力を必要とすると思うが、彼女たちの作業ぶりを見ていると、それを超えるのも近いような気がする。

 

ポコ ア ポコ(少しづつ)、パソ ア パソ(11)である。

 

 

一生懸命作業しているので、口を挟むのが悪くあまり仕事以外のことは聞けなかったが、それでもぼちぼちと彼女らの生活が少し見えて来て楽しかった。僕には楽しかったが、何もせずぼけっとしていて、時々仕事に関係のないことを聞いてくる僕をみて、こいつは一体何者だ、邪魔になるばかりでと彼女らは思っていたかもしれない。

 

 作業を終え、帰って行く彼女たちを見送りながら、いつか今度は彼女たちの住む村で再会したいなと思った。

 

 

 

青い空の会のホームページはこちらです。

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2014年7月13日 (日)

第205号 コツァル編み物教室へのご招待

イシル地方の織物は、織物好きの人には定評がある。とりわけ、コツァルの織物が好きだという人も多い。そこで、興味のある人は、コツァルで織物を習ってはどうだろう。11で丁寧に基礎から教えてくれる。費用は一日あたり4~5時間の実習で25ケツァル。20147月時点での日本円にして約325円である。希望の人にはホームステイも可能だ。ホームステイは2食か3食付きでこれも一日25ケツァル。一日編み物を習って、宿と食事が付いて650円程というわけだ。結構な話ではないか。通りすがりの旅行者ではなかなかできないマヤの人たちの生活と文化に触れる絶好の機会でもある。

 

 尚、ホームステイであるが、一週間に2度か3度、チュと呼ばれるマヤ式サウナに入れるが、シャワーはなし。うまい食事は望めない。ふかふかベッドは望めない。明るい電気は望めない。夜は読書不可能と思った方がいい。もちろん部屋にテレビなど望めない。夜はちょっと寒いが人は皆暖かい。

 

 さあ、コツァル編物教室へいらっしゃい。

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2014年7月 6日 (日)

第204号 サッカーとステファニーとコツァルと


サッカーのW杯が始まった。別に自国が出ているわけではないが、グアテマラは盛り上がっている。皆テレビにかじりついている。全ての試合はテレビ中継される。そんなにサッカーに興味があるわけではない僕には理解不能のこの国の人たちの反応だ。
あの時もW杯最中だったから、もう8年も前のことになる。アンティグアにいた時のことだ。ネバフで知り合ったドイツ人女性から電話がかかってきた。今アンティグアにいてW杯のドイツの試合をテレビでみたいのだが、ここには誰も知り合いがおらず、一人でみに行くのも寂しいので、よかったら一緒に見ないかというお誘いである。その頃は、今よりももっとサッカーに興味はなかったが、せっかくの若い女性からのお誘いだ。喜んで見に行った。場所は、当時としてはかなり大きな画面のテレビを設置していたレストランだ。
試合はすでに始まっていた。ドイツの相手がどこだったのかもう記憶にないが、この店にいる客の大部分は相手国の応援をしていた。その中で、そのドイツ人女性ステファニーと僕は大声をあげてドイツを応援した。かなり目立っていたことだろう。どちらが勝ったのかの記憶もないのだが、今年のW杯のこの国での盛り上がりを見るにつけ、当時のことを思い出す。ステファニーのことを思い出す。
僕があれから毎年一度はグアテマラを訪れるのは、ステファニーが僕とコツァルの女性グループ・コデアルテコとを引き合わせてくれたからだ。あの出会いがなかったら、グアテマラとの縁は切れていたかもしれない。そして、コデアルテコにとっても彼女は特別な人だった。文字を知らない現地女性たちに言葉と文字を教え、織物以外の活動を次々と導入しコデアルテコの活動基盤を広げたのは一ボランティアでしかない彼女であった。
そのステファニーと連絡が取れなくなってもう6年以上になるだろうか。学校を卒業し就職が決まった。念願のグアテマラ再訪は少し後になるかもしれないというのが最後の便りだった。あれからぷっつりと連絡は途絶えたままだ。今でもネバフやコツァルに行けばステファニーのことが必ず話題になる。彼女はまた必ず戻ってくると皆信じている。彼女のことを語る時の皆の目はとても優しい。
グアテマラにそしてコツァルに帰ってくるかどうかは別にして、とにかく元気で生きていて欲しいと切に願う。

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