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2014年5月

2014年5月25日 (日)

第199号 カルド・デ・マリスコス

市場の中の安食堂で、昼食を食べていたら、となりのテーブルに座ったおじさんが魚介類たっぷりのうまそうなものを食っている。そんな時は近付いて、それおいしい? 名前はなんていうの?と聞く。「カルド・デ・マリスコスス、とてもうまいよ」と答えてくれた。魚介類のスープ・グアテマラ風とでもいおうか。翌日同じ店に行き早速注文した。しかし、今日はないというのである。この店ではカルド・デ・マリスコスは月曜日しかないメニューなのだそうだ。グアテマラには、こんな曜日指定のメニューがいくつかあるらしい。ここでは、昨日なかったから今日もないと諦めてはいけないし、昨日あったから今日も食べられると楽観してもいけないということのようだ。カルド・デ・マリスコスに関して言えば、土曜・日曜とおおいに酒を飲んで疲れた胃を休めるために月曜限定で出しているのだと聞いたが、真偽の程は知らぬ。忘れずに次の月曜日には同じ店に行き注文をした。もちろん、美味く満足した。

2014年5月18日 (日)

第198号 散髪屋

少し古い文が続きます。

 日本を出てから2ヶ月。髪ものびてきた。一度や二度は散髪にも行かねばなるまい。今日がその日だと適当に店に飛び込む。フローレスでのことだ。屋台に毛が生えた程度の建物だが、中は意外にきれいだった。店主といっても、他に従業員のいない若いお兄さんが、所在なさそうに座っていた。僕の顔を見るとちょっと不思議そうな、戸惑ったような顔をしたが、すぐにこやかな笑顔で迎えてくれる。座ってビニールを首に巻くと、長さはどうするかと問うしぐさをみせる。耳にかかるくらいだと手ぶりで示す。分かったとうなずくといきなりバリカンでジャーと左耳の当たりから刈り上げ、これで良いかと言う。いいも悪いもない、もっと長くと思っても修正はきかない。うなずくしかない。満足げにバリカンを持ち替えると本格的な整髪?が始まった。早い早い。基本的には、前も後ろも横も全てバリカン。ハサミは申し訳程度に仕上げにちょっと使うだけ。最後に紙に包んだ剃刀を出して際ぞりをしておしまい。その間15分足らず。もちろん洗髪なぞない。料金10Q。日本円にして約150円。記念に店と店主の写真をとる。

 ちなみに、理容にしろ美容にしろ免許制度はないようだ。店に行くといろいろな髪型の写真が飾ってあり、どれにするか聞かれるけれど、どれを指定しても結果的には同じ髪型になるとは、現地に長い日本人の話である。

 

 トドスサントスで入った散髪屋は地下室にあった。裸電球がぽつんとともり薄暗い。髪を切り始めて数分したころ突然停電した。真っ暗だ。僕には何にも見えないのだが、驚いたことに、理髪師?のお兄ちゃんは散髪を続けようとする。ハサミを使おうとしている。いくらなんでもそれはないだろうと押しとどめようとするのだが、出かける約束があるから続けなければならないとか何とか言って強行しようとする。押し問答をしているうちに灯が付いた。やれやれ。今となっては懐かしい。

 

 上にも書いたが、ここらの 散髪はほとんどバリカンで済ます。ハサミはほんのちょっと使うだけだ。ある日、ネバフの床屋で「日本ではハサミが多くてバリカンは刈り上げなどの時に少し使うだけだ」と話したところ、「ここでも昔はそうだった。前はバリカンが無かったからなー」と反論?された。ちゃんとしたバリカンが無くて、いまだにハサミで調髪している時代遅れの日本よ哀れ、とでも思っているのだろうか。

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2014年5月11日 (日)

第197号 ホテル

次の文章は、2003年に初めてグアテマラを訪れた時に書いたものだ。いったいこの国の労働条件はどうなっているのだろうと驚いた記憶がある。最近は、変にグアテマラに慣れてしまったせいか、そのようなことを考えたり聞いたりすることがなくなってしまった。反省しなくては。今はだいぶ変わっていると思うし、変わってなければおかしいが、さて。

 

ホテル従業員と労働時間

 アンティグアで僕が滞在していた場所は、同じ敷地の中にパンチョイ・クプラ・エルレティロという3つの異なったホテルがあるという変わったところだ。以前は一つのホテルだったらしいが、オーナーの死後遺産分配のために3分割して現在があるということだ。

 僕が主に過ごしたパンチョイは部屋数約20で3人の従業員がいる。奥のホテルクプラは部屋数7〜8で従業員は一人だけ。もう一つのエル・レティロは、部屋数5つで従業員2人である。いづれもそう忙しいホテルではない。しかし、従業員の数が余りにも少なすぎる。3つともオーナーは離れたところに住んでおり、ホテルの仕事は一切しない。

職員の勤務時間はどうなっているのだろう。クプラの場合従業員一人だからこれは24時間勤務である。しかも毎日。休みなし。ちなみに時々妻と子供があいに来ていた。エル・レティロは女性二人で、一人は朝8時から夕方4時まで、もう一人は午後4時から翌朝の8時までの勤務である。2週間に1回程度、32時間から40時間ぶっ続けの勤務がある。その間がもう一人の従業員の休日である。パンチョイは他にくらべると部屋数が多いこともあってか、清掃係とその他の係りの役割が別れている。清掃係は、昼間8時間勤務だが、一人だけだから原則的に休みはない。後の二人はだいたいエル・レティロと同じ形態である。ここが一般的であるとは思わないが、自分の時間(休日)がほとんどないという勤務である。尚、個々の職員に聞いてみたが、このような勤務に不満を持っている様子は感じられなかった。これが普通だと思っているのか、仕事量としてはそう多くないからいいと思っているのか、それとも諦めなのか。

 ちなみに、ホームステイをしていなかった僕にとっての授業時間以外のスペイン語の先生は、このホテルの従業員達だった。

 

ホテルの値段と月収と

 たまには高級なホテルにも泊まってみようかとホテル探しに出かけた。アンティグアの最高級といわれているホテルは、ひとり130ドルから140ドルくらいである。星の数程もあるホテルだが、100$もするホテルは数個しかない。今滞在している12$のホテルと違って100$級のホテルはさすがにきれいだ。調度品も良い。プールもある。従業員の教育も行き届いている。

 どこにしようかと迷っている時、スペイン語教師からグアテマラの人々の月収の話しを聞いた。最低賃金は法定では月150$だそうだが、現実的には、技術なしでできる仕事は、100$から120$程度。一応エリートといわれている銀行員で180$から200$。300弗の月収のある人はあまりいないとのことである。

 1泊100$という額は日本ではそう高いうちには入らないし、旅行者である僕に手のでない値段ではない。しかし、一ヶ月汗水たらして働いてグアテマラの人たちが得るのと同じ額を僕は一晩のホテル代として使おうとしているのかと思うと、だんだんそんなところに泊まってはいけないんだと思うようになってしまった。今、高校卒の日本人の初任給が幾らかは知らないけれど、彼等の初任給に匹敵する額を一泊のホテル代に使うと考えれば愕然としてしまう。じゃ、50$ならいいのか、60$ならどうなんだといわれても答えに窮してしまうのだが、結局帰るまで高いホテルには縁がなかった。貧乏性はどうしようもない。

写真下。この敷地内に3個のホテルがある

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2014年5月 4日 (日)

第196号 コツァルの織物模様

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上の写真は、コツァルの女性の民族衣装である。衣装の中にさまざまな模様が織り込まれている。各模様はそれぞれ意味するところがあり、大地・友達・家庭と家族・トウモロコシ畑・山と谷・空気の流れ・トウモロコシ畑の鳥などを表しているという。その他、この衣装にはない模様として火山・鹿・鳥などがあるらしい。鳥は形により旅鳥・親子・金銭運などを表しているということだ。金銭運と聞いたときはちょっと頭をひねったが、最近になって付け加えられたのだろうか。

一つ一つの模様の意味が分かれば、織物を見る目も少し変わってくる。

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