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2014年4月

2014年4月27日 (日)

第195号 屋台の昼食

昼食時にちょうど屋台の前を通りかかった。食べ物はケースに入っておりこぎれいな屋台だ。空腹でもあり、どれもうまそうだ。おなじみのチレレジェーノとエンチラーダスを頼んだ。チレレジェーノとは、肉詰めのピーマンを揚げたもので、エンチラーダスとは、肉などをトルティージャで巻き焼いたものだ。美味い!と褒めちぎるほどのものでもないが、それなりにいける。食べ終わったが満腹にはいまいちだ。で、姿かたちは見たことはあるのだが、これまでに一度も食べたことのない、永細くて黒色のものを注文してみた。プラタノという料理用バナナにすりつぶした豆を包み込んで揚げたものだという。甘い。これは、食事にというよりはおやつの部類だ。これも味はまずまずである。プラタノ・レジェニートという名だそうだ。食いものはまずまずだった。しかし、適当に頼んだ缶入りの飲み物は頂けなかった。ミリンダのオレンジ様の物であったが、まずくて最後まで飲み切れなかった。

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2014年4月20日 (日)

第194号 路傍の墓?

ぶらぶらと歩いていたら、写真のような十字架を見つけた。ソロラとパナハッチェルを結ぶ道路端でのことだ。周りにはたくさんの花束が置かれている。交通事故か何かでこの地で亡くなったのだと推測する。

 日本でも事故などで亡くなった場所に花束が置かれている光景はよく目にする。しかし、日本ではせいぜい花束が置かれている程度であって、名前や年月日が刻まれた石が置いてあったりはしない。写真はきちんとした十字架があり、名前その他が刻まれている。これは墓なのだろうか。下には骨も埋まっているのだろうか?それともここで亡くなったことを知らせる標識の役割のみなのだろうか。誰か通れば聞いてみようと思ったが、時折車が通るのみで、ここを歩いている人は見つからなかった。

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2014年4月13日 (日)

第193号 コーヒー

 

 

 

 

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ちょっと気取って日の光でも浴びながらテラスなどで飲むコーヒーもいいが、グアテマラの田舎家の薄暗い台所で飲むコーヒーもまたうまい。

 コツァルはコーヒーの産地だ。大きなコーヒー農園もあるが、庭にコーヒーを植えている家も多い。ペドロの家では、よく熟したコーヒーの実を摘み取り、中の種の部分を取り出し、乾燥させ焙煎し、粉に挽き、粉をポットに入れ沸騰させる。豆の選定などしている様子はない。乾燥は庭にゴザを引いてその上に広げるだけだ。焙煎は普段トルティージャを焼く鉄板の上でコーヒー豆をごろごろ転がすだけで、かなり焦げていることも多い。豆は挽くというよりも、石製の平べったい臼様の物の上ですりこぎぐらいの石棒で押しつぶす。これは普段は、トルティージャを作るためにトウモロコシを挽いたり、各種ソースを作るために材料をミンチ状にしたりするのに使う台所用品だ。以上の工程は日常的によく見るのだが、ただ一つ、コーヒーの実からコーヒー豆になる種子部分を取り除く作業はまだ見たことがない。どうするんだろう。水につけてふやかすのかな?コーヒーが出てくるときには必ず砂糖が入っていて甘いのだが、そういえばまだ砂糖を入れているところを見たことがない。いったいいつ入れているんだろう。

 煎じたコーヒーはポットから出すときに紙や布で濾すようなことはもちろんしないから、コップの底にはしばしば粘っこいかすがたまっている。そんな、荒っぽい方法で出来上がるコーヒーだが、それでもうまい。最も、よくよく考えると、それはあの場で飲むからうまいのかもしれぬ。あのままの状況でもし日本で飲んだとして、果たしてうまいと感じるのかどうかについては、うーん、ちょっと疑問だ。

写真の中のコーヒー豆を日干しで乾燥させている場面は、アンティグアの珈琲館(ソルテア)で撮ったもの。あとはコツァルだ。

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2014年4月 6日 (日)

第192号 硬い肉

10年ほども前の話だ。CHURRASCOという肉料理が美味しいとスペイン語教師から聞いた。CHURRASCOとはグリルの焼き肉のことらしい。その夜、早速食べにいった。中の上程度かなと思われるレストランに入った。焼き加減を聞かれたから、ロッホ(赤=レア)と答えておいた。焼き加減を聞くぐらいだから、まずまずの肉が出てくるものと期待した。ビールを飲みながら待っているとやがて肉が運ばれてきた。うまそうだ。腹も減っている。はやる心を押さえながらナイフを入れる。んっ?切れない。肉の方向が悪いのかと肉を置き換えて又ナイフを入れる。やっぱり切れない。ナイフが悪いのかも知れない。力ずくで何度もナイフを前後に動かしながらやっと一口大にする。口に入れる。うーん、硬い!ナイフなんかのせいじゃない。肉が硬いのだ。噛んでも噛んでも飲み込める状態にはならない。いつとれるか分からない差し歯が気になる。皿に残った肉は冷めてますます硬くなる。あごはだるくなる。えーい、もうやめだ。グアテマラにおける焼き肉初体験はかくも悲惨であった。

 あれ程硬い肉にはそれ以後お目にかからなかったが、顎がだるくなるほどの肉には何度もお目にかかった。総じてあちらの肉は硬い。硬すぎて往生するのにもしばしば出会うが、ある程度硬いのは当たり前なのだ。日本のが柔らかすぎるのかもしれない。でも、硬いことを必ずしも快く思っているわけではないらしく、コスタリカのスーパーでは振り掛けてしばらくおくと硬い肉が柔らかくなるという魔法の?粉を売っていた。コーラにつけておくと柔らかくなるという話も聞いたが試したことはない。

 パナマで偶然出会った青年が、牛の専門家であった。といっても肉の専門家ではなくて、蹄鉄の専門家だが、ま、いづれにしても牛に詳しい。彼の話によると日本の霜降りとか呼ばれているような肉は、高栄養の飼料を無茶苦茶食べさせ異常に太らせ、その後絶食させて、倒れる寸前に出荷するのだそうである。それだけではないのだが、そうすることによって柔らかくうまい?肉ができるのだそうだ。実際に牛の飼育の様子を現場で見ていると、気持ち悪くて食えたものではないという。いずれにしても、我々が日本でうまいうまいと食べている肉の方が異常であって、硬い肉が当たり前なのである。でも噛み切れないのは困る。

 グアテマラでは、そう大きなはずれのない鶏を食べる機会が圧倒的に多い。でもたまには牛肉も食べたい。そこで、硬すぎて困った過去を忘れたふりをして又牛肉を注文する。そしていつも失望し、決して再び注文はしないぞと決意する。 そんなことを何回繰り返したことだろう。

 写真は牛肉とは関係ない。祭りの屋台での豚の丸焼きだ。

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