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2013年12月

2013年12月29日 (日)

第178号 ある日の昼食

ある日の昼下がりチャフルの教会のすぐそばの食堂に入った。外から見ればなかなかきれいな食堂だったが、中に入るとお世辞にもきれいとはいいがたく、食堂兼物置という感じの場所だった。

メニュー数は三つだった。鶏のから揚げと鶏の焼き物と牛肉の焼き物の3種類だ。今回は鶏の焼き物を頼んだ。ここらの一般的な食堂では、肉の部位を指定することはない。だから出てくるまでは胸なのかモモなのかその他の部位なのかわからない。牛も同じだ。

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中央の皿の右がフリホーレス(インゲン豆)の煮もの。中央がごはん。左上が鶏でその下はケチャップ。テーブルの右上はトルティージャ。これだけあれば十分だが、もし足りなければトルティージャはお替り自由だ。中央の瓶に入っているのは唐辛子のソースでこちらでは必需品。左上は清涼飲料水。

 ごく一般的な昼食といえるだろう。値段は全部込みで15ケツァール、日本円にして約200円だった。

 

2013年12月22日 (日)

第177号 パン屋のアルバイトの女の子

 パナハッチェルのいつも行くパン屋さんで日曜日だけアルバイトをしている女の子がいる。客への対応の合間を縫っていつも勉強している。将来は旅行案内人になりたいのだという。月曜日から金曜まで学校に行き、土曜日は旅行代理店で働き、日曜日はパン屋さんで働いている。授業は厳しく宿題も多いためいつも寝るのは午前3時だということだ。朝は遅くとも7時には起きなくてはならない。親は勉強への理解がなく、学校の費用は自分で全部稼がなくてはならない。昔グアテマラシティで3年ほど働いており、その蓄えが少しあるから今は何とかなっているが、今の収入を考えるとこれからは難しいという。

 客の相手をしながらだから、なかなか集中できないと思うが、ちょっと手が空いたらノートに目を移す。小学校もろくに行けない家庭もたくさんある中で、彼女はまだ恵まれている方なのかもしれないが、でも頑張っているんだなー。 

何人かの働きながら学校に通っている人にであったが、親が教育に理解がなく学資は自分で稼がなくてはならないという人がなぜか多かった。

もっとも、働かなくても親が学資の面倒を見てくれるようなひととははなしをする機会がなかっただけかもしれない。

 前を見据えながら、何とか道を切り開いて行こうとする若者をみると、やっぱり嬉しい。

2013年12月15日 (日)

第176号 トイレット

グアテマラでは、いや中南米ではトイレットペーパーを便器に流してはいけない。便器の横にゴミ箱が必ずおいてある。そこに紙は全部投げ込むのである。その話は、中南米旅行を志す者は断片知識としては誰もが知っていることなのだろうが、かといって、行く前からきちんと情況を把握しているわけでもない。現地の人はそれが当たり前だろうからもちろんいちいち説明してはくれない。だから、最初はかなり戸惑う。それは水圧のせいだという人もいるし、紙の質の問題だという人もいる。排水管の小さいのが原因だという人もいる。理由ははっきりしないがとにかくそうなのである。 

しかし、便のついた紙をゴミ箱に投げ込むのは最初はかなり抵抗がある。第一臭いではないか。旅行初日にグアテマラの空港のトイレに入ったら、大型のポリペールが備え付けてあり、溢れた使用済のペーパーがあたりに散乱している光景に圧倒された記憶がある。そんな光景はどう見ても美しいとはいいがたい。人によっては吐き気を催すかもしれない。
 現地での生活に慣れるまでは、無意識のうちに便器の中に落としてしまっていることもたびたびだ。しかし、慣れてくるとそれも当たり前になってくるから面白い。チチカステナンゴでゴミ箱の無いトイレに一度だけ行き当たった。紙を流していいのかなぁとどぎまぎしてしまった。黒いビニール袋がゴミ箱に敷き込んであるところもあるが、ゴミ箱にそのまま無造作に投げ込むところがほとんどだ。いずれにしても掃除する人は大変だろうなと思うが、それもこちらの勝手な思い込みなのかもしれない。

逆に中南米から日本に来た人で、日本のホテルの生理用品などを入れるゴミ箱に遣い済みのトイレットペーパーを入れていることもあると聞いた。彼らの生活習慣からするとあり得ない話ではないだろう。ホテルの掃除係の人はきっとびっくりするに違いない。だから中南米から来た人は嫌なのよ、という偏見につながらなければよいがなと思う。単なる環境と習慣の違いにすぎないのだから。

2013年12月 8日 (日)

第175号 町のトルティージャ屋さん

ちゃんと撮影許可はもらったのだが、いざカメラを向けると逃げられてしまった。


中で何人かの女性がパタパタとトルティージャを丸めている。見ていて心地良いくらい手際がいい。1日3回の販売と書かれている。食事時間に合わせて主食であるトルティージャを売っている店だ。最初、トルティージャは各家庭で作るものと思っていたが、あれだけトルティージャ屋さんがあり、売れているところを見ると家で作らないところも増えてきたのだろう。

 ネバフまで行くとトルティージャ屋さんはあまり見ない。田舎だから皆家で作っているのかなと思ったがそうでもない。聞いてみると、店構えも何もなく外からはそれと見えない店がいくつもあった。恐らく一見さんが買いに来ることはなく、わざわざ看板を掲げる必要もないのだろう。
 コツァルではまだトルティージャを売る店を見たことはない。食事は時々ごちそうになるが、どの家庭も自分で作ってふるまってくれる。でも、きっと目立たないところにあるに違いない。時代の趨勢で食べる文化は残っても作る文化は廃っていくのかもしれない。 トドス・サントスでトルティージャを作る機械を見た。粉と水を放り込めば機械が勝手にこねまわし、丸めて回転焼のようにぐるぐる回しながら焼いてくれるというものだ。そんな機械を作るには相当のお金もかかるだろうし、あそこにだけしかないということはないと思うのだが、他ではまだ見たことはない。味は、あまり美味くはなかった。
 尚、僕の口にした限りでは、イシル地方の家庭で作ったトルティージャが群を抜いて美味い。

今焼いています


 

2013年12月 1日 (日)

第174号 選挙の残骸?


上の写真は今年の3月にコツァルで撮ったものだ。選挙の時の政党応援のペイントである。個人の家だ。この前のグアテマラの総選挙は2011年の11月か12月だから、1年半前に書かれたものがまだ残っているということだ。
別にここが特別なわけではなく、個人の家はもちろん、路傍の岩にも時には小石にも岩肌にも、また樹木にも選挙の名残はあちこちに残っている。選挙が終わったら綺麗に片付けたらいいんじゃないのと思うのだが、面倒くさいのか、あるいはいつまでも支持政党をはっきりさせておきたいのか、宣伝を続けたいのか、無くなる様子もない。日本ではちょっとありえない光景だ。

こちらの写真は3~4年前のものだが、今もこんな情景はあちこちで見られる。

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