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2013年9月

2013年9月29日 (日)

第165号 サカプーラス

キチェ県の県都であるサンタクルス・デ・ラ・キチェとイシル地方を結ぶ幹線の中間地点にサカプーラスという町がある。サカプーラスを北にまっすぐ進めばイシルに行きつき、東に行けば、内戦時代のグアテマラの惨状を世界に知らしめ、ノーベル平和賞を受賞したリゴベルタ・メンチューの生まれた町であるウスパンタンを経由してコパンに行くことができる。西に行けばウエウエテナンゴからシェラ方面に行くこともできる。交通の要所だ。
 僕の腕時計についている高度計によれば標高約千メートルに位置する町なのだがやたらに暑い地方でもある。イシルのネバフが約標高1900メートルだから、900メートルの標高差がある。100メートル上がるごとに約0.6度の温度差があると昔ならった記憶があるから、それに当てはめると、ネバフとサカプーラスでは5度から6度の温度差があることになる。それにしてもサカプーラスは暑い。ネバフでは厚めの長そでが欲しい時でもここは真夏の暑さだ。

 バスが停留所に近ずくと、如何にも陽気そうに見える女性の売り子が様々なものを抱えどっとやってくる。スイカにパイン、マンゴー、メロンなどの果物や各種飲料水、トルティージャやタマルなどの軽食。色鮮やかなポン菓子をボール状に固めたこの地の名物やピーナツやアイスクリーム。時には時計やボールペンなども売りに来る。どっと売りに来て、次のバスが来ればそちらに向かってどっと去ってゆく。他には特筆すべきこともない小さな停留所がバスの到来とともに急に活気ずく。

 満員バスと暑さに辟易しながらもちょっと一息つき、和める空間だ。

 一人で食べるにはちょっと多すぎるが、今回はマンゴーのスライスでも買ってみようか。

色鮮やかなのがポン菓子?形からしてポン菓子だと思うのだが、定かではない。一度食べたことはあるのだが、味がどうしても思い出せない。茶色は落花生である。

2013年9月22日 (日)

第164号 ポジョカンペーロ

 

ポジョカンペーロとは、グアテマラが世界に誇る?フライドチキンのファーストフード店である。中南米はもとより、アメリカやスペインにも進出している。マレーシアだったかフィリピンだったか、アジアのどこかにも店を出したという話は聞いたがその後どうなっただろう。成功しているだろうか。そう安い店ではないのだが、グアテマラではとにかく人気がある。食事時に行くと席が全部ふさがっていることも珍しくはない。田舎に行くほどそれは顕著だ。

 何回か入った。僕はケンタッキーフライドチキンにせよマクドナルドにせよあまり好きではない。ポジョカンペーロの食べ物にも特別感慨はない。でも、グアテマラ発の店ということでなんとなく応援したくなる。

 写真に写っているのはどうも違うようだが、僕の知る限り、どこでもポジョカンペーロの入り口付近にはトルティージャ売りのおばさんが店を広げている。グアテマラの主食はあくまでトルティージャ。客は表でトルティージャを買い、持って入ってフライドチキンと一緒に食べるようだ。

 ケンタッキーフライドチキンの店の前でご飯を売っており、フライドチキンを食べながらご飯もほおばる。日本でたとえればそのような光景だろうか。

 トルティージャなしの食事など考えられない、ということかな。

2013年9月15日 (日)

第163号 屋根再び


グアテマラの家の屋根のつくりはどうも雑であるという話を以前に書いた。一年の半分は雨期であり雨もよく降る。時にはハリケーンもやってくる。だのになぜかくも雑な屋根のつくりで事が済んでしまうのか不思議でしょうがない。実際雨漏りがしてホテルで困ったことも一度ならずある。考え方が違うと言えばそれまでかもしれないが、どうも頷けない。

 上の写真はビニールシートをかぶせた屋根瓦の家だ。家は結構有名な土産物屋なのだが、屋根はこの通り。名のあるホテルやレストランなどでも、上から見ればこのような光景も稀ではない。

 下の写真は、ネバフにあるレストランの天井部分である。上を見れば雰囲気も台無しだ。

 トタン屋根も結構多い。知人がトタン屋根のホテルに住んでいた。そこで一緒にお茶をのんでいたら、突然雨が降り出した。パラパラと最初は控えめな音だったが、そのうち大音響に変わった。友人のいうことには、慣れたらそう気にもならなくなるというのだが、僕はトタン屋根の下に住むことはお断り申し上げたい。特に雨期などたまらないに違いない。寝られたもんじゃない。
 2月か3月にソロラで雹(ひょう)がふったらしい。雹の降るもとでのトタン屋根の生活って、どんなんだろう。戦場にでもいる気分になるのかもしれない。。

しかし、事情によってはいいこともある。バイオリン指導にJICAから派遣されているという女性によると、夜中にどんなにバイオリンをかき鳴らしても雨の日は苦情一つないのだそうだ。バイオリンの練習にはうってつけの環境だとか。
 ま、いろいろです。

2013年9月 8日 (日)

第162号 草木染めの村

今日の予定はサン・ファン・ラ・ラグーナに行くことだ。今までに何回か書いたと思うが、パナハッチェル近くの草木染めで有名な村である。朝いつもより少し早めの7時半ごろ宿をでる。12人の客がのれば出発する船にもう8人乗っている。僕で9人だ。程なく2人が加わった。あと一人で出発だ。今日は楽勝だ。向うでもゆっくりできる。と思ったまでは良かったが、あと一人が来ない。結局狭くて硬い木の座席の船内で約1時間待つこととなった。

 到着はいつもと同じ時間になった。もちろんここだけに限ったことではないが、アティトゥラン湖の水位は去年の同じ時期に比べるとますます上昇している。毎年幾ばくかの製品を買う船着き場近くの店は今にも浸かりそうだ。さぞ心配で仕方なかろうと思うのだが、店の人は意外に冷静で心配を少なくとも客の僕には一切みせず表情は明るい。すっかり諦めて、居直っているのかもしれない。あの家は来年まで本当に地上にあるのかどうか。

 船着き場から村の中心部に至る急な坂の途中にはテントが並び草木染めの製品を売る小さな店がたくさん出ている。確か、去年は一つか二つしかなかったのだが、今年は五つも六つも並んでいる。それぞれ別のグループが運営しているのだそうだ。今、28の染色グループがあるのだと聞いた。グループの数は毎年増えている。

 坂を上がった村の中心部にも草木染めの店が増えている。グループが増えた分店も多くなっているのだろう。以前はどの店も値切ってもほとんどまけてくれなかった。それはそれでいいことだと思っていたのだが、今年は値切るほどにどんどん安くなる。もう、アンティグアやパナハッチェルの町の店と変わらない。小さな村に乱立するグループ間の過当競争を生き延びるために互いに足を引っ張り合っているのだろう。悲しいことである。

 帰りは、サン・ぺドロを迂回して帰った。ここでも出発まで相当待たされた。おまけに、午後はものすごい風と波で猛烈なしぶきが船内まで飛んでくる。船頭が用意してくれたビニール袋を皆で船首にかかげ何とかしぶきをしのいだ。パナハッチェルまでの30分間のなんと長かったことか。

2013年9月 1日 (日)

第161号 ボンネット式乗り合いバスと大型テレビ

ソロラからパナハッチェルへのバスの中のことだ。大音響で今日も音楽がかかっている。それはいつものことだ。ここでは、僕の勝手な推測だが、一台のバスを変わりばんこに何人もの人が運転するのではなく、専属の人が決まっているようだ。だから、運転手の好みに合わせて室内の装飾も変わってくる。音響の設備も音楽の内容ももちろん運転手によって違う。かなり共通しているのは、皆大音響で自分の好みの曲を流し続けることだ。乗客の意向など考慮するそぶりもない。

 さて、大音響は一緒なのだが、今日はいつもと何かが違う。何かがおかしい。しばらく眺めまわして気がついた。なんと、運転手の頭上にテレビがついているではないか。映像とともに大音響が流れているではないか。これまでテレビの付いたチキンブスなど見たことはない。しかも大型の薄型だ。バスはボンネットのついたアメリカのスクールバスの払い下げと思われる黄色いバスだ。薄型テレビなど、この国では初めて見た。このアンバランスがあまりにも意外すぎてしばらく気がつかなかったようだ。

 なんだか笑みがこぼれてしまう。この運転手なかなかやるな。出費も相当なものだろうに。

 一時日本で有名になった「トラック野郎」のことを思い出した。


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