« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月

2013年8月25日 (日)

第160号 シャワー


グアテマラの主な居住区は標高が高い所が多い。そして思った以上に寒い。全身や髪を洗うのに、少なくとも夜は水洗いというわけにはいかない。だから、僕の知るイシル地方のマヤの人たちの家にはチュと呼ばれるマヤ式サウナがある。体を洗いかつ暖をとるために受け継がれてきたものだろう。これは私にとってもとてもありがたく貴重なものだ。

しかし今回は、チュではなくシャワーの話だ。僕の行くような安物のホテルのシャワーの形はほとんど写真のようなものである。電気でその場で温める。固定式で場所の融通は利かない。放射線状に水が散らばり一か所に集まらない。シャワーの中央に手をおけば手が濡れないほどだ。足を温めるなど到底無理である。しかも水圧のせいか温度調節が極めて難しい。湯を熱くしようと水量を減らすと電源が切れ水になる。少し出しすぎるとやっぱり水だけになる。

それにコックの位置も問題だ。勿論全てではないが、一番奥の壁についている場合が多い。栓をひねれば水が出る。その栓が一番奥にあるわけだから、湯が出るまでの間水をかぶることになる。すぐお湯に変わってくれればいいが、その調節が先述したごとくまことに難しい。その間濡れて震えながら待つこととなる。

できれば湯船につかりたいがそれは望むべくもない。せめて暖かいシャワーを浴びたいと思うが、それもなかなかかなわない。しばしば、体を温めないと冷えてなかなか寝付かれない環境だけに、シャワーは僕にとってとても重要なのだけど、他の人はそうでもないのかなー。

今回アンティグアでのホテルのシャワーは下の写真のようなものであった。固定式だが、頭の部分が少し動き角度が少しだけ変えられる。そして、何よりうれしいのは水圧がありお湯の量が豊富で体の隅々まで十分温められたことだ。このような形のシャワーにたまにでくわす。そんな時は、とてもうれしい。幸せな気分になる。

2013年8月18日 (日)

第159号 カトリック教会

コツァルのカトリック教会内部  


グアテマラでは、どこの町に行ってもほぼ間違いなくその中央にカトリック教会がありその前に広場(公園)がある。そしてその教会は、周りの家々に比べると桁外れに豪華である。教会建築のために一体どれほどの金がつぎ込まれたことだろう。その金はどこから出たのか
?なんのためにそれほど立派な建物でなくてはならなかったのか。

 内戦時代のグアテマラでカトリック教会が多くの犠牲者を出し、権力の弾圧をうけながら人々の人権を守る戦いをしたことを知っているし、その行動を評価している。教会内部の厳かな雰囲気とそこに集う人々の祈りの真剣さを理解できる。ネバフの教会には、軍によって処刑されている模様を描いた絵が内戦時の悲惨さを訴えている。コツァルの教会には、内戦で犠牲になった人々の名が一人一人刻まれている。

これらの豪華な教会が建てられたのは、ずっとずっと前のことであり、現在のカトリックの思想とは、あるいは違うのかもしれない。でも、あまりにも庶民の生活とかけ離れた豪華さとそれを推し進めてきた教会の姿勢の基本に対する不信と違和感は拭えない。

上の大きな建物二棟が教会 左端が入り口で奥行きの深さがうかがえる(コツァル)

2013年8月11日 (日)

第158号 燃料の主役は薪



グアテマラの農村部に行けば、背負った荷物をひもで結わえ、そのひもを額に巻きつけて額で支えながら歩いている人の姿をよく見かける。その荷物は山で切り取った木の場合がほとんどだ。小さな枝の場合もあれば結構大きい幹の場合もある。家の燃料を運んでいるのだ。重要だが重労働だ。断然男性が多いが、その男性の中には小さな子供も含まれる。馬やロバがずり落ちそうなほど多量の薪を背中の両側に垂らしながら歩いているのもよく見る。

 薪はグアテマラの燃料の王者の座をまだまだ保っている。知人の家で薪の話になった。薪の暖炉を思いながら、日本では薪を使うのは金持ちの家だ、ふつうはガスを使うと言うと、へーっと不思議そうな顔をされた。それを聞いていた子供が、「うちは日本に行くと金持ちだ」と少し誇らしそうだった。

 最初に火をつけるために松明もよく売られている。薪を市場で売っているのはまだ見たことはないが、松明の方は市場でもよく見かける。松明と言っても日本の若い人にはもうなじみが無いかもしれない。松明どころか薪という言葉自体を知らない人がもうすぐ出てきそうだが、グアテマラでレーニャ(薪)といえば知らない人はあるまい。

2013年8月 4日 (日)

第157号 カロリーナ

カロリーナの墓と墓碑銘


世界遺産都市であるグアテマラのアンティグアの常宿(ホームステイ)の主であったカロリーナが突然亡くなってもう6年になる。彼女にはいろいろお世話になった。少し大げさにいえば一度は命を救ってもらったこともある。なかなか癖のある強気の人だったが、その人生は平たんではなく、苦労の連続だったようだ。突然の死で、本人はともかく、可愛がっていた2匹の犬や猫のその後を思うと未だに涙が出る。宿は妹さんが引き継ぎ以前から働いていたお手伝いさんに任せていたが、しだいに求心力を失い3年前に閉鎖した。僕のアンティグアでの常宿もなくなった。

 グアテマラに行けば、彼女の墓地を必ず訪れる。墓の墓碑銘は、同じくお世話になったカナダ人女性の発案で僕と一緒に作ったものだ。 合掌。

 

 アンティグアの共同墓地は観光対象の一つで、外国人の見学者が多かった。その見学者を狙った強盗事件が過去時々あったようで、一人では決して行かないようにと観光案内書には書かれていた。安全のために一日に二回、警察官同伴の無料ツアーが行われていた。僕はそれを利用したことはなかったが、幸い事件に巻き込まれたことはない。最近は墓地付近で警察官を見掛けることもないが、今もあのツアーは続いているのだろうか。

           カロリーナの愛犬 ポチ(左)とスキ(右)   カロリーナは大の日本びいきで犬は日本名だった。

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

無料ブログはココログ
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30