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2013年7月

2013年7月28日 (日)

第156号 貧乏人が病気になったら

 

パナハッチェルの知人のカルロスの息子が皮膚病になった。体中にぶつぶつができて痒くてたまらないらしい。何日か学校も休んでいる。医者に行ったが原因が分らない。蕁麻疹などではないという。母親のアリシアは水が汚染されているプールや湖で泳ぐことが原因だと決めつけている。汚い水の中で泳ぐことに反対なのだが子供が言うことを聞かないとこぼしている。医者にも不満があるようだ。

 原因が分らないという医者は何科なのか聞いてみた。小児科だという。どうもこの街には皮膚科はないらしい。隣のソロラ市には国立の大きな病院がある。何故国立病院に行かないのかと尋ねたら、あそこにも皮膚科はないという。皮膚科だけでなく、専門医と言うほどの医者はいないということだ。国立病院だと聞くと、きちんとした専門医がいるに違いないと日本の基準に合わせて考えるが、グアテマラの事情はだいぶ違うらしい。

 カルロスの場合ははなから国立病院なぞ問題にしていない感じだ。今回の息子の皮膚病程度なら地元の医者にかかりながら様子を見るが、もう少し複雑な病なら、片道3時間か4時間はかかるグアテマラ市まで行くのだそうだ。公立病院は最初から候補外で、民間の専門医に行くらしい。

 カルロスの家には乗用車があるからいい。グアテマラ市まで簡単に行ける。少々の出費には耐えられるだけのお金があるからいい。民間の専門医にも診てもらえる。

 一方、金のない人はきちんとした医療は受けられない。痛みや苦しみに耐え、ひたすら自然治癒力と時間が解決してくれるのを待つ。そんな例をこれまでたくさん見聞きした。

 

 今、日本では、健康保険の適応外である診察・治療を許すように迫るアメリカからの圧力がすごいらしい。国はTPP参加を表明した。これで間違いなく、グアテマラ医療の現状を他人事として笑ってはいられない状況に日本もなるだろう。貧乏人はろくな医療を受けられない国に、近い未来に。

 グアテマラよりも厳しい状況になるかもしれぬ。医療の質はさておき、国公立の病院に関する限りグアテマラでは診察費は無料である。

ソロラの国立病院入口前。

2013年7月21日 (日)

第155号 自警団

グアテマラの自警団という言葉は何度か見聞きした。最初は書物の中で見た。軍が民衆支配の道具として民衆同士を敵対させたあの悪名高き制度としてだ。

 次はトドス・サントス・クチュマタンという村で聞いた。19年前に起きた日本人観光客虐殺で名高い村なのだが、今は犯罪はほとんどないという(5年ほど前の話)。犯罪未然防止のために活躍しているのが自警団で、定期的に村中をパトロールしているとのことだった。村民による完全な自主組織で、主に青少年の不良化を防ぐのが目的だと聞いた。僕のスペイン語教師だったポロも自警団に参加していた。

 次はコツァルで聞いた。ここでは自警団による検問にもあった。皆銃を持っていた。この村には、マラスと呼ばれるチンピラ集団が複数ありごたごたが絶えなかった。その割には警察官が極端に少ない。一時期は警察官の代わりに軍が駐留していた時期もあった。そこで結成されたのが自警団だ。村民の自主組織だというのだが、どうも胡散臭い。書物で見たあの住民支配のための「自警団」をほうふつとさせる。村民皆に自警団に入るようにとの声がかかっているようだ。いつもお世話になるペドロの家にもその話が来ているようだが、ペドロの父は、それを拒否しているらしい。

 そして最後は、154号で書いたパナハッチェルの自警団だ。これは別にパトロールをしているわけではなく、定期的により合いを行い、何か問題が起こった時には携帯や無線を通じて連絡し合い集まるグループである。古くからこの町に住み、商売をしている人たちの自主防衛グループのようだ。
 自分たちの問題は自分たちで解決を、というのがどのグループにも共通する結成理由だと思うし、志にケチをつける気持ちもないのだけれど、いずれも、素直には肯定できない違和感がある。内輪での解決の行きつく先がリンチという形をとることへの恐れかもしれない。内戦時代に政策として結成さ住民抑圧と虐殺の先兵として機能した自警団への嫌悪感かもしれない。

2013年7月14日 (日)

第154号 民衆裁判?と治安とそしてリンチ 下 

 

パナハッチェルで僕がいつも利用する宿の主人の話だ。ここパナハッチェルは平和そうに見えるが大きな犯罪などは起きないのかと問うた僕への返事はこうだった。

「3年か4年前に一度この宿にも強盗が入ったことがある。持っていた無線で町の人に知らせると、すぐ50人近くの人が集まりその強盗は取り押さえられた。一人が強盗の口先に拳銃を突きつけ、ここで死にたいか、それともこの街には2度と姿を現さないかと迫った。答えは明らかである。殴る蹴るの暴行をさんざん加えられた後ほうほうのていで強盗は逃げ出した。2度とパナハッチェルに帰ってくることはないだろう。以後、これといった犯罪はここでは起きていない。あの場では、ここで死にたいかと拳銃で脅したが、実際には殺すことはない。ただ殴りつけるだけだ。ここでは何かあった時にはすぐ500人くらいの人と連絡が取り合えるようになっている。治安はそれで守られている。警察には決して届けない。強盗の立場からすれば、警察に届けて逮捕してもらいたいと望むだろう。なぜなら、警察に逮捕されてもわいろを渡せばすぐ釈放されることを彼らは知っているからだ。警察は一切信用ならない」

 先回、一度逮捕されたバス強盗が、警察から引きずり出されてリンチ殺人にあったという話を書いたが、これも住民側の警察への不信感に関係があったのかもしれない。何か大きな事件が起これば、警察官がきっと関与しているに違いないと噂されているのを他の地方でも何回か聞いた。

 警察は腐りきり、まったく人々からは信用されておらず逆に犯罪者側に信頼?されているという話。警察に頼れない以上、自分たちで犯罪から身を守ろうとすり気持ちはまっとうだと思うのだが、行きつくところ、リンチは堂々と正当化され罷り通るということになる。何とも怖い話ではないか。

2013年7月 7日 (日)

第153号 民衆裁判?と治安とそしてリンチ 上

もう5~6年くらい前のことになるだろうか。ディアリオという新聞に、僕にとっては衝撃的な写真が載っていた。村の住人が集まって、一人の男を鞭打ちしている写真だ。具体的罪名は覚えていないが、悪事を働いた青年が皆の前に引きずり出され、鞭打ち刑という判決?をうけたらしい。国としては、もちろん正式な裁判によらない民衆裁判を禁止しているし、このような行為は違法であるが、地方に行けばまだまだこのような風習は残っているのだと書かれていた。この時代にこの国でまだこんな事が行われているのか、しかも写真入りで新聞に載るのかと強く印象に残り、新聞記事の切り抜きを大事に持って帰ったのだが、その記事がどうしても見つからない。そしていつか忘れてしまっていた。

 2010年にAさんという日本人女性と知り合いになった。彼女とグアテマラの治安の話をしていたら、ソロラという町で自分が出くわした話をしてくれた。ある日、ソロラでの用事を終え他の場所に移動しようと車が走り出して間もなく、ソロラへの出入り口はすべて閉鎖され、出入り禁止になったということで車が停止したという。僕と違ってスペイン語が堪能であり、かつその時何人かのアメリカ人を連れて織物ツアーをしていた彼女は、その責任上ということもあり情報を集めた。その結果分かったことは、何時間か前にバス強盗があり、その犯人が乗客に取り押さえられたということ。そして、やがて犯人は警察に引き渡されたが、怒りが収まらない乗客らが、警察署に押しかけて犯人を取り戻し、皆で殴る蹴るの暴行を働き結局殺してしまったということだった。その事件処理のために町を封鎖したということだったらしい。バス強盗は頻繁に発生しており、我慢の限界に達していた民衆の行動ではなかったかとも言われている。

 それがその後どのような処理をされ解決したのかは知らないが、ともかくあくる朝にはソロラを離れることができたということだ。

 Aさんの話を聞いて、最初に書いた新聞記事を思い出した。形は少し違っているかもしれないが、警察などの公的機関を通さずに住民がじかに犯罪に対処する方法がまだ残っているのだ。
 僕がこれまで見聞きした中では、グアテマラ人はとてもおとなしい。ちょっと怒ってもいいのではないか、抗議した方がいいのではないか。理由くらいは聞いた方がいいのではないかと思われるような場面でも、皆静かに黙って従っている場面が多かった。僕にはそれが不思議でならなかった。ある意味不気味に映っていた。

 しかし、グアテマラ人も理不尽に沈黙を守り、自らを押し殺して生きているばかりではなかったのだ。
 そして、今年パナハッチェルでまた怖い話を聞いた。 以下次号。

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