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2013年6月

2013年6月30日 (日)

第152号 人ごみの警備 警察官と兵士と


 セマナサンタの時期は人でごったがえす。人が増えると問題も増えるのだろうか。いつもは、交通整理の時くらいしか見かけない警察官がやたら目立つ。警察官だけでなく、兵士もたくさん見かける。警官と兵士がともに行動している場面も多い。

 警官は警官同士あるいは住民と時には笑顔を見せながらよく話をしている。しかし、兵士が兵士以外の人とはなしをしているのは見たことが無い。笑顔も見たことはない。。銃を構え、あたりを用心深く(あるいは用心深そうに)見渡しながら、にこりともせず無表情で立っている。ここパナハッチェルだけでなく、何個所かで兵士には出くわしたが、無表情と無愛想は皆共通している。

 何故人ごみの警備に兵士が出てくるのか。何故あんな表情であたりを睥睨するような態度で立っているのか。僕にはとても違和感がある。不気味な感じがする。

 ここの住民は、兵士についてどう思っているのだろうか。知り合いに聞いてみた。パナハッチェルは平和でほとんど刑事的な問題は起きない。しかし、何か起きてもまずいので、問題が無いように管理しているだけだ。夜中の12時を過ぎると、酔っ払いを家やホテルに追い返すのがせいぜいの仕事だろう。というような返事が返ってきた。兵士がいることに別に違和感はないようだった。

 兵士を日常生活でほとんど見ることのない僕と、兵士がいることが当たり前の住民との意識の差なのだろうか。

 何故、警察官の増員でなくて兵士なのだ、という疑問もある。警察と軍隊の役割は違うでしょうが!

2013年6月23日 (日)

第151号 レボッソ

 


ネスがレボッソを買えという。スペイン語を話せないない彼女に代って、10歳になるその娘からの商談?だ。安くしておくと。

 彼女らにとってはレボッソは必需品である。普段は肩に掛ける。おしゃれでもあり防寒にもなる。頭に荷物を乗せるときは、頭と荷物の緩衝材となる。荷物を包む風呂敷の役割も果たす。小さな子供を包み込んで背負うこともできる。

 そんな生活必需品だから、当然日本人も使うものだと彼女は考えている。この村からほとんど出たことはない彼女にとって、レボッソの無い世界は想像できないに違いない。いろいろなものをコデアルテコから買っていくのだから、当然レボッソも欲しがるものだと考えているようだ。日本では使わないのだよといくら説明しても、理解してくれたとは思えない。
レボッソのほかにも、使わないのだよと言ってもなかなか理解してもらえないものはたくさんある。女性の服であるウイピルもそうだ。我が家にはベッドはないのだからベッドカバー入らないという話も信じられないらしい。みんなベッドは持っているはずだと思い込んでいる。畳を説明するのも難しい。我が家のテーブルは木目を大事にしているので、テーブルカバーでは覆わないというのも、僕のスペイン語では説明できないし、説明できたとしても理解は得られないだろう。結局、テーブルカバーやベッドカバーを買わないための言い訳としか映っていないに違いない。

別に欲しくない時には「いらない」と一言言えば済むことなのだが、いつも世話になっていることもあり、今回はレボッソを一枚買うことにした。イネスにとっては相当の臨時収入になるはずだ。

ほとんどの女性がレボッソを持っているのだけど、お判りいただけるだろうか。

2013年6月16日 (日)

第150号 酒依存への対策

 

これまでグアテマラのアルコール問題を何度か取りあげた。深酒問題の深刻さとともに、アルコール依存から抜け出すための方策がイシルにはないとほぼ断定し嘆いた。コツァルに断酒会ができることは、ここ当分はないだろうとも書いた。

 しかし、断酒会はともかく、アルコール依存を断とうとする取り組みはイシルにもあった。以前の記事は訂正しなくてはならぬ。
 周期的に朝から大酒を飲み、家族がほとほと困惑していたパブロは、キチェのアルコール依存者を対象としたリハビリ施設に2カ月間、次にネバフの施設に移って一カ月間を過ごしたという。

現在は家で普通の生活を送っている。よく働いている。子供たちのこと、家族のことを語る彼の顔は心なしか明るく見えた。少なくとも施設を出てからの半年はアルコールを口にしていない。リハビリ施設に入ったきっかけは何だったのか聞いてはいないが、家族・親せきの要望が強かったことは想像に難くない。しかし、それだけではなく、何とかしなくてはならないという彼の意思があったということだろう。また、施設での生活はいかようなものであったのか知らないが、この半年間酒を口にしていない現実から類推するに、そこでの生活を通して何か感ずるものがあったのだろう。喜ばしいことだ。
 だが半年の断酒で楽観できるほど問題は甘くはない。今はただただ、断酒がこのまま続くよう祈らずにはいられない。みじめったらしく道端に寝転ぶ彼の姿を二度と見たくはないし、その陰で泣く彼の家族の姿も想像したくない。
この程度の酔っ払いの寝姿なら、現在の高知でも時々みかけるのだが…

2013年6月 9日 (日)

第149号 雪隠事情 水洗トイレと穴掘り形式と

 庭に掘られた穴の真ん中に板が渡してあり、その上で用をたすトイレについてずっと以前に書いたことがある。コツァルでは今もときどき見かける。一度だけ、その形式のトイレを利用したことがあるのだが、足元が不安定で今にも下に落ちそうで怖かった。悪天候の日や夜は願い下げだ。汲み取り式ではなくて、穴がいっぱいになったら土で覆い別の穴を掘る形式のようだ。恐らく、昔の日本と違い、糞尿を肥やしとして使う習慣が無いからに違いない。本当に肥やしとして糞尿を使わないかどうかは未確認であるが。

 僕がコツァルへ行って初めて訪れた家の主であるテレサの家ではトイレらしきものが見つからなかった。恐らく、庭の片隅に穴が掘られていたのだろうと推測する。だが、それから3年後に訪れたときには、ちゃんと囲いのあるトイレができていた。しかも、水洗である。テレサの家は急な山の斜面にある。かなり辺鄙な場所だ。隣はかなり離れた所にしかない。それなのに、いきなりトイレが水洗になっていた。

 テレサの家に限らず、僕の知る限りでは、ここらのトイレは穴掘り形式かさもなくば水洗である。その差があまりにも大きくて戸惑ってしまう。水洗式にするには、大きな浄化槽を各自構えるのでなければ下水道ということになる。しかし、下水道工事は大変だろう。管を埋めるのも大変だし、流出先の整備もしなくてはならぬ。しかも家は点在していて山の斜面だ。

 一度、ペドロにどうなっているのか聞いたことはあるのだが、どうも納得のいく返事は帰ってこなかった。次は、もう一度きちんと聞いてみよう。

 
 尚、水洗と言ってもボタンを押せばジャーと流れるのは少なくて、横に汲み置きの水とバケツが置いてあり、用がすんだらその水をバケツに汲んで便器に流すものが多い。有料の公衆トイレにもこの形式は結構ある。

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左側がトイレ。もちろん水洗だ。ここはレバーをひねれば水が出る。
 

2013年6月 2日 (日)

第148号 時の移り変わり 

 

イシル地方の玄関であるネバフに行けば必ず訪れる家やレストランがいくつかある。

 初めてマヤ(イシル)らしいマヤの家庭にホームステイしたミゲルの家はその一つだ。「夜中には犬を家の敷地内に開放しており、噛みつく恐れがあるので、夜はトイレにはいかないように、もし行く時は必ず家人を起こすように」と言われ困ったという話を以前このブログに書いたことがある。あの家のことだ。

 ちょっとした手土産を持って今回も訪れた。家にはかぎが掛かっており、いくら呼んでも反応が無い。仕方ないので、娘さんの一人の職場を訪ねて家族の安否を尋ねた。家に人がいないのはたまたま外出していたからにすぎなかったが、主のミゲルは半年ほど前に死んでいた。

 昨年行った時は、少し調子が悪いのだと言っていた。あれだけ好きだった酒も止めているとも。調子が悪いとは言ってもまだまだ元気そうにみえた。酒がとにかく好きで以前は浴びるほど飲んでいた。飲みすぎがたたったのかもしれない。あまり多くは語らない人だったが、僕には印象の強い人だった。小さな灯が一つ消えた。

 同じ日の夕方、夕食を食べようとレストラン・ポピーズを訪れた。オーナーは、昔日本でも少し生活した経験を持つアメリカ人だ。この地方の有名人で、皆に「ドン」という愛称で親しまれていた。巨体でチェーンスモーカーだった。

 このドンも数ヶ月前に亡くなっていた。少し聞き取りづらいスペイン語で、ボソボソと懐かしそうに日本での思い出を話していたあの巨体が目に浮かぶ。
一方、母親にまとわりついて、「ママ!ママ!」といつも泣いていたネバフ最初の知り合い家庭の末娘ベレは、きりっとしまった顔のセニョリータに成長している。将来は獣医師になりたいのだそうだ。

 三人とも、初めて会ったのは7年前だ。抗いようもなく時はすぎていく。

リビングストンからリオ・ドゥルセに向かう船の中から撮影  本文とは関係ありません

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