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2013年4月

2013年4月28日 (日)

第143号 奇祭 セマナ・サンタ

セマナサンタの華 プロセシオン これが街中を練り歩く あくまでも厳かに


祭りとは楽しいものだ。楽しくなければ祭りではない。祭りの正式な定義はともかく、僕はそう思っていた。祭りには歌や踊りや神輿がつきものだが、唄うにしろ踊るにせよ担ぐにせよ、やる方も見る方も皆楽しそうではないか。

 だが、世の中いろいろだ。楽しくもなんともない祭りというものもあるもんだ。楽しいどころか、やる方は皆苦しそうだ。痛そうだ。しかもだ,参加するのに結構金がかかるという。たいていは、そのパレードというか行進には楽隊も付いて歩くのだが、その音楽も暗い。
 写真を見て欲しい。女性たちの如何にも苦しそうな、切なそうな顔を。子供たちに至ってはもう泣いています。えー!なんなのこれ?というのが僕の感想なのだが、これが、有名なグアテマラのセマナサンタである。特に、アンティグアのそれは有名で、世界中からこれを見に人々が詰めかけるという。

 セマナとはスペイン語で一週間のことであり、サンタとは神聖なという意味だから直訳すれば神聖なる一週間となり、キリストが死後蘇る前の一週間を指す。祭りとしてのセマナサンタは、迫害を受け処刑され復活に至るキリスト苦難の再体験をする場であるらしい。もともとが苦難の再体験をするための宗教儀式なのだから、どおりで暗いはずだ、苦しいはずだ。

 苦難の再体験にも色々あるのだろうが、グアテマラのそれは主に、巨大な山車を担ぎ街中を行進する行為であらわされる。この行進はプロセシオンと呼ばれており、セマナサンタの華?だ。この山車、いったい何トンの重さがあるのだろう。
 歯を食いしばって、苦しみに耐えながら、泣きべそをかきながら、お金まで払って参加するセマナサンタ。これは間違いなく、世界有数の奇祭である。

 これを見に群がる人たちの数もすごい。これに行きあったら、一緒に見ることを楽しむか、あるいはただただ時間が過ぎ去るのを待つしかない。スリもずいぶん活躍するそうだ。

 プロセシオンとともにセマナサンタを彩る大きな行事に、ベラシオンというのがある。直訳すれば、通夜を意味する語で、こちらは教会内にキリストやマリアの苦悩の様子を描き、周りにはたくさんの花や果物が添えられている。本来は祈りの場なのだろうが、多くの人でごった返し、祈りどころではない。

 キリスト受難の再体験に先立ち、断食に至る前の段階で、飲めや歌えの大騒ぎをするのが謝肉祭(カーニバル)らしい。リオのカーニバルはつとに知られているが、それ以外にもあちこちで行われる。やるにせよ見るにせよどちらを選ぶかと問われれば僕ならカーニバルを選ぶ。
ね、つらそうでしょ。 ママ―、私もういやっ。泣いてますよ。

2013年4月21日 (日)

第142号 町の羊乳屋さん

パナハッチェルでのことだ。いつもは朝はゆっくりなのだが、ある日早く散歩に出てみた。もちろんのことだが、通りは閑散としている。朝のコーヒーを飲みながら、忙しそうに学校へ職場へと行き交う人を眺める。通り過ぎる人から見れば、こちらは朝早くからでんと構えてコーヒーを飲んで、なんと結構な御身分のことよとでも映っているに違いない。
 通りを眺め、良くわかりもしないスペイン語の新聞に目を通し、ぼちぼち帰ろうかと立ち上がる。ホテルに向かう道を歩いていると、山羊を3頭連れた人といき違った。何気なくいき過ごしたが、後ろから「ミルクー、ミルク」と叫ぶ声が聞こえてきた。山羊を連れて歩いていた人の声だ。ヤギのミルクを売っているのだ。しかも、どう見ても乳を持って歩いているようには見えないから、注文があったら搾るのに違いない。そう言えば、ちらっと見た山羊の乳房はよく張っていた。
 あわててカメラを取り出し後ろから撮影したが、かなり遠い。できたら乳を搾っているところを見たいと後を追ったが、どこに消えたのかもう姿が見えなかった。
 まだ小さな子供だった頃、乳牛を飼っている人の家に乳を買いに行ったものだ。その場で搾った乳を持って帰った記憶がある。でも、あの時は、あくまでもこちらから買いに行ったのであって、今回の山羊みたいに向こうから売りに来てくれたわけではない。
 声をかける様子、搾る様子などもっと見てみたかった。

2013年4月15日 (月)

第141号 グアテマラ人の幸福度

パナハチェルの僕の宿のすぐ近くに鶏と牛の肉を焼いて提供する屋台がある。そこのおじさんと少し懇意になった。
「朝8時から午後2時までソロラの食堂で働き、帰ってから3時間眠る。午後7時から屋台の準備を始め、8時開始だ。午前2時に終了し、屋台を引いて家に帰る。帰って又3時間眠る。朝は6時に起きる。この生活の繰り返しだ。子供は4人。長男は働いているが、後の3人はまだ学校だ。まだまだ自分の役割は終わっておらず、仕事を続けなければならない。私の人生はこんなもんだ。しかし、自分は幸せだし、人生を楽しんでいる。これも神のおかげだ」と、そのようなことをある日語ってくれた。貧乏だけど、今の生活を楽しんでいるし満足しているという言葉が頭に残った。
グアテマラの国民の幸せ度は、全調査国中いつもベスト10に入っている。昨年は5位だったとか。
僕の知るグアテマラはほんの一部分だけど、この調査結果には納得がいかなかった。しかし、この屋台のおじさんのような人たちが ベスト10を支えているのかもしれないとふと思った。
でも、イシル地方で、家族を殺され、飼育していた動物や貯蔵していた穀物を略奪され、家や田畑を焼かれて、住む場所もなく森をさまよわねばならなかった人たちは、この幸せ度の調査には入っていないと思う。
僕のささやかな経験から想像するに、いくら彼らが外の生活を知らないとはいえ、自分たちの生活が自分なりに満足のいくもので幸せなものであると思うわけがない。
勝手な思い込みかな?

2013年4月 7日 (日)

第140号 キチェからロスエンクエントロスへ

キチェからロスエンクエントロスまでのバスはものすごく混んでいた。リュックを荷台に乗せることができず、仕方なしに足の間に挟み込む。バスの片方座席に3人座るから、それだけでも狭苦しく圧迫されるのに、足の間には大きなリュックがあるからたまらない。足を全く動かすことができない状態で役約一時間を耐えねばならない。
キチェからロスエンクエントロスに至る中間地点にチチカステナンゴという街があるのだが、その間に高い山がある。かなり急なアップダウンだ。しかし、チチカステナンゴからロスエンクエントロスまでの山越えの厳しさははるかにそれを超える急坂でS字カーブが続く。
隣に座っていたおじさんが、「この道を、これだけ沢山の人を乗せて、しかもこれだけのスピードで走るのは非常に危険である。ここではよく転落事故が起きる。数年前にもバスが転落し25名が死んだ」と話してくれた。その話を聞かなくても結構肝が冷える場面なのに、話を聞けば尚更平静ではいられない。
しかし、今はそれよりも、左右に大きく揺れるバスの中で揉みくちゃになりながら何とかバランスを保つ方がより重要だ。
何とか1時間を耐えた。体のあちこちが凝っている。ここでバスの乗り換えだ。目的地まではあと40分ほどかかるが、これからは少しゆっくりできるはずだ。Image_2


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