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2013年2月

2013年2月18日 (月)

第136号 パナのタクシー運転手とイシル地方

パナハッチェルの目抜き通りをつきぬけるとアティトゥラン湖に行きあたる。今水位が上がり問題になっているが、世界一美しいという湖だ。その美しい湖面と対岸の火山を眺めながら、4500メートルも歩いたところに、船着き場がある。パナハッチェルの対岸の町としては最大のサンティアゴやその他の周辺の村へ行く基地となる場所だ。あたりには、観光客目当てのレストランやホテルや土産物屋が立ち並ぶ。

 その一角に、何台かのタクシーが客を求めていつも停まっている場所がある。そのタクシー乗り場?の横の石に腰をかけ、近くで買った安物のピザをかじっていたら、タクシーの運転手の一人が話しかけてきた。タクシーに乗らないか?どこから来た?グアテマラでは何をしている?などという他愛もない話だ。

 そのうち、イシル地方の話になった。昔よく行ったのだという。イシルの話になると、こちらも興味がわいてくる。

『イシルで何をしていたの?

「昔軍隊にいたからそれでよくいったのさ」

『昔って、内戦中のこと?』

「そうだ。内戦中だ。1980年代の前半だった。銃を持って撃ちまくったよ。戦闘で食事をする間もないこともよくあった。宿舎に帰らずに山の中を3日間くらい歩きまわるのは普通だったなー」

『何人も人を殺したの?

「銃は撃ちまくったけど、人に当たったかどうかはわからない」

そんな話を、銃を撃つ真似をしながら、懐かしそうにかつ嬉しそうに語った。
 次に出す言葉が見つからず、僕はその場を去った。銃を撃ちまくられた側は、たとえ直接の被害者ではなくても、今もその時の傷に痛め続けられていることを、少しの例だけだけど、僕は知っている。コツァルで織物をしている女性たちの顔が浮かんでくる。

 

2013年2月10日 (日)

第135号 雪隠事情 ペーパー編

チャフルの知人の家を訪ねて行った時のことだ。知人はいなかったのだが、人の良い家族と話が弾みついつい長居をしてしまった。3時間ばかりいただろうか。その間食事もよばれた。コーヒーも2杯飲んだ。清涼飲料水も飲んだ。

そのうち尿意を催してきた。普段は、普通の家でトイレを借りなくて済むように気をつけているのだが、その時は我慢できなくなった。そこでトイレを貸してくれるよう頼んだ。いいよと快く引き受けてくれたが、ちょっと待ってくれと言う。母親に何やら耳打ちされた様子の子供がすぐに出て行った。やがて、その子がトイレットペーパーを持って帰ってきた。母親がそのトイレットペーパーを僕に渡して、トイレに案内してくれた。わざわざ僕のためにトイレットペーパーを買いに行ってくれたのだ。厚かましく、初対面の家族の招きに応じて食事まで御馳走になった僕だが、このトイレットペーパーには恐縮してしまった。

トイレは、奥にあるのではなく、道路に面した玄関の横にあった。工事現場におかれた簡易トイレくらいの大きさで、周りの材料は木の板だ。トイレの中には、リュウゼツランの繊維で作られた網目のバッグがかけられており、無造作にちぎられた新聞紙が入っている。普段は皆この新聞紙を使っているようだ。そう言えば、初めてコツァルでペドロの家に泊めてもらった時も、ペドロの妹が、僕用にとトイレットペーパーを1ロール渡してくれた。あそこにも、新聞紙が置いてあった。

僕がまだ小さな子供だった頃、我が家のトイレでも新聞紙を使っていた。新聞紙を両手でくしゃくしゃと揉んで、少し柔らかくしてから使ったものだ。我が家はあの頃から新聞をとっていたから、トイレに使う新聞紙には困らなかったが、グアテマラのイシル地方で、毎日新聞を購読している庶民はほとんどいない。だとすれば、各家庭のトイレットパーパー用新聞紙はどこから調達するのか、それも気になるところだ。

 尚、有料の公衆トイレでは、番人がぐるぐると巻きとったロール紙を金と引き替えに渡してくれる。便の切れが悪い時など、受け取る紙では足りないことが多い。そのために、小さなティッシュペーパーか何かをいつも余分に持つように気をつけている。

2013年2月 3日 (日)

第134号 土産物店(パナ)

 パナハチェルはアティトゥラン湖とその周辺の村々への観光基地として有名な場所だ。サンタンデールという名のメインストリートには、びっしりと、観光客目当ての土産物店やホテルやレストランが並ぶ。露店も多いし、近隣の村から毎日物売りにやってくる男女も数えきれない。

 しかし、人は結構通るのだが、そうそうたくさんの客でにぎわっているという店は少ない。いつ行ってもいつ見てもがらんとしている店やレストランはいっぱいある。少し親しくなった土産物店のおばちゃんとおしゃべりをしながら、その店先に数時間いることも稀ではないが、その間何一つ売れなかったという場面もしばしば見た。あれだけたくさんの店が、なぜ潰れもせずに経営できるのか、いったい彼らは、どれくらいの売り上げがあれば食っていけるのか気になるところだ。

そこで、ある土産物屋の主に聞いてみた。サンタンデール通りのほぼ真ん中あたりの好立地に店があり、売っているもののほとんどは、材料を自分で加工した商品である。店の間口は2.5m、奥行きは4mくらいの小さな店だ。その店で、毎日200ケツァル(約2000円)、月にして6000ケツァル(約6万円)の売り上げがあれば、何とか生活できるということだ。そのすぐ近くの、店構えは先ほどの倍ほどあり、商品は全部卸からの買い取りの店の場合は、日に400ケツァルは欲しいということだ。
それくらいの売り上げならなら何とかなるのかなー。いずれにしても、裕福とは程遠い生活ではあるだろう。
 聞けば気楽にそんなことまで教えてくれるところも面白い。

所狭しと商品が並べられている。 こちらは露天の土産物店。毎日準備と片付けが大変だ。
ハンモック屋さん 店の真ん中に巨大な木が生えているレストラン

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