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2012年7月

2012年7月29日 (日)

第107号 ピクニック

コツァルのコデアルテコのピクニックに招待された。年に一度のメンバーのお楽しみ親睦会なのだが、今回は恐らく、僕の訪問時期にあわせて設定してくれたものだ。年に一度なのだが、今回は都合の付かない人が多くて総勢10人ほどだ。行き先はこの地では有名な滝のほとり。10分ほどバスに乗り、あと40分ほど山道を歩く。鍋や食料を皆たくさん抱えている。

目的地に到着したらすぐ食事の準備だ。火をおこす人、練り上げたトウモロコシ子をバナナの葉にくるむ人、肉の準備をする人、皆テキパキと動きが早い。ぼけーと眺めているのは僕だけ。今から思えば、料理の仕方などじっくりと眺めていればよかったのだが、そこらを散策し、内戦中に人々が隠れていたという洞窟など見て回った。

1時間半ぐらいたったころ料理ができあがった。トウモロコシの粉をバナナの葉に包んでゆで上げた「タマル」と「牛肉の煮込みトマトソース味」とコーヒーだ。移動するときも食事の準備をするときもみな静かだったのだが、食べ始めるとにぎやかになった。コツァルで計何十回も食事をしたが、牛肉を食べるのは初めてだ。しかも塊が大きい。以外に柔らかい。こんな牛肉が出るというだけでも、やっぱり今日は特別なのだ。

食事の後は、後かたずけをして、そこらを少し歩き、水辺で少し戯れて、そしておしまい。歌があるわけでもなく踊りがあるわけでもなく、何か余興があるわけでもない。しかし、みななんとなくウキウキした様子が感じられる。僕も、何となくほのぼのとした気持ちになった一日であった。

2012年7月22日 (日)

第106号 トウモロコシ


グアテマラはトウモロコシの国だ。パンもよく食べられているようだが、トウモロコシへの依存率は日本のコメへの依存率よりはるかに高い。トルティージャ
(トウモロコシを粉にして練りあげ焼いたもの)とフリホーレス(インゲン豆)があれば生きていける国なのだ。肉も魚もなくていい。

 そんな国だから、トウモロコシ畑はいたるところにある。上の写真は、収穫前のトウモロコシ畑である。今年の1月に撮った写真だ。成長が停まった後も、枯れた状態で身を残したまま畑に放置されている。乾燥させているのだろう。昔は日本でも刈り取った稲を棒に掛けそのまま田んぼで乾燥させていたがあれと同じ原理だと思う。地方によってはトウモロコシの実の付いたあたりから折り曲げてあるところもある。それは、収穫しやすいからだとか、折り曲げることによって成長を早く止めるのだとかの説明を聞いたが、折り曲げてない地域のトウモロコシと比べて何らかの違いがあるのかどうか、どうもよく分からない。

 イシル地方の位置する西部高原地帯には平野部はほとんどないから、山の斜面のかなり高い場所までトウモロコシ畑が広がっている。日本の棚田のようなもので、見るのは楽しいが作るのは大変だろう。
 今年はアメリカでトウモロコシの大不作が予想されているとか。グアテマラにも大きな影響があるだろうと心配だ。

2012年7月15日 (日)

第105号 バスの車掌の仕事


グアテマラの車が増えた、そしてきれいになった。でも、まだまだ個人で自家用車を持つのはほんの一握りの人たちである。

車を持たない人の移動手段はバスだ。荷物も全部バスで運ぶ。個人的な日常品の売り買いならその量もしれたものかもしれぬが、市場へ出す品物を運ぶのも、小売店が買い出しに行くのもすべてバスを使うから、その荷物の量はすごい。

果物もある、野菜もある、鶏などの生き物もいる。薪もある。自転車もある。もちろん車内には入りきらないから、屋根を利用することになる。

その荷物の上げ下げを担当するのは車掌である。ときには本当に苦しそうに顔をしかめながら、肩に荷物を背負い、バスの階段を屋根へと上がっていく。もちろん途中で落ちたりしないようにきちんと固定しなければならぬ。

そして、またすごいのは、誰がどの荷物を預けたかを把握しており、その人が下車する前に、まだ走っているバスの屋根に後ろの扉を開けて登り、バスの停止とともに荷物をきちんと引き渡すことだ。その記憶力と体力は称賛に値する。少々荒っぽいのはこの際許そう。

2012年7月 8日 (日)

第104号 アティトゥラン湖の水位

アティトゥラン湖は世界で一番美しい湖であるという話をどこかで聞いた。世界一かどうかは知らぬが、美しいことは間違いない。この湖とその周辺の村を見るため大勢の観光客が毎年この地を訪れる。世界遺産の街アンティグアとマヤ遺跡で有名なチカルとともにアティトゥラン湖周辺はグアテマラ3大観光地の一つだ。

そのアティトゥラン湖の水位が年々上がっている。それも10センチとか20センチとかの単位ではなく毎年メートル単位で上がっている。去年行くと、一昨年使っていた船着き場ははるか下方に沈んでいた。そして去年の船着き場は、今年はもう見る影もない。昔の遊歩道では、子供たちが泳ぎ回っている。湖の周りの大木が、せりあがってくる水に浸食されてあちこちで倒れている。すみかを離れざるを得なくなった人たちも相当いるだろう。僕がよく利用する、仲良しの土産物屋のおばさんの父親は、以前水辺の土地をたくさん買ったという。「今は全部水の中、もうどうしようもない、情けないよ。国も町も何もしてはくれない」と嘆いていた。

ここ3年間くらいで3mか4mは水位が上がっているのではあるまいか。町の人の話によれば、ここ数年の大洪水の影響でこうなったんだという。水が逃げる場が無いのに毎年大雨が降って、蒸発による水の減少が間に合わぬというのだ。

本当に打つ手はないのか、それとも費用が無いのか、それともやる気がないのか。いずれの可能性も考えられるが、いずれでもあってほしくない。ここを住み処とする人たちにとってはもちろんのこと、グアテマラ全体にとってもことは大変深刻である、と僕は思うのだが、うーん、どうなんだろう。

2012年7月 1日 (日)

第103号 少しきれいになった?


ゴミ捨て禁止の看板

長距離の一等バスの発着場を除いて、この国できれいなバスターミナルというのにはお目にかかったことが無い。夜のうちにいつも誰かが掃除をするらしいのだが、バスを待つ人も乗っている人もまた行きずりの人もみな遠慮会釈なくポイポイと何でも捨てまくるものだからすぐゴミの山となる。少し汚れている、ではなくてとても汚い。場末のゴミ捨て場みたいな印象がバスターミナルにはあった。

 だが、今年のネバッホのバスターミナルは少し違っていた。いつもよりかなりゴミの量が少ない。昨年まではなかったのか気付かなかったのかわからないが、今年は大きなごみ入れも目につく。「ゴミ捨て禁止。違反者罰金300ケツァルと書かれた大きな看板も上がっている。ちなみに、300ケツァルは現レートで約3千円だ。

 看板を1枚上げただけであれだけきれいになるとは思われないから、当局が街をきれいにするための啓蒙活動をかなりしているということなのだろう。喜ばしいことだ。来年はもっときれいになっているだろうか。願わくば、ネバッホだけでなく、イシルだけでなく全国に広がってほしいものだ。

 だが、想像力の乏しい僕には、ピカピカでゴミ一つないグアテマラの姿はまだイメージできない。


ネバッホのバスターミナル。雑然とした様子に変わりはないが、ゴミは少なくなった。

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