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2012年6月

2012年6月24日 (日)

第102号 釣銭

 

グアテマラの100ケツァル紙幣(約1100円)


パナハチェルの大通りで帽子を買った。14ケツァルだという。ポケットを探ったがあいにく小銭がない。仕方がないから
100ケツァル札を出した。それを見た店員が、小銭はないのかと聞く。ないと答えると、不服そうな顔をして札を受け取り、ちょっと待てと言って出かけてしまった。100ケツァル札を両替しに行ったのだ。

店の入り口に立って見ていると、近くの店を軒並み回って両替を頼んでいる店員の姿が見える。しかし、なかなか帰ってこない。近所にもきっと小銭が無いのだろう。待ちくたびれてイライラし始めたころやっと帰ってきて、ぶっきらぼうに釣りをくれた。すみませんの一言もお待たせしましたの一言もあるわけではない。

商売をするのなら釣銭ぐらい用意しとけよな、と我々は考えるが、しかし、釣銭が無いのはこの店に限ったことでも、この地方に限ったことでもない。この国には、あらかじめ釣銭を用意するという習慣がないようだ。商店に限らない。バスに乗ってもレストランに入っても釣銭が無くてしばらく待たされることはしばしばある。バスが終点に着いた後、まだ釣銭が無くて、車掌が両替に走り回っているのを見たこともある。

あらかじめ銀行にでも行って両替しておけばいいものをと思うが、そうもいかない理由があるのかもしれない。最初戸惑ったのは、高額?紙幣を出すのは出す方が悪いのだというような顔をされることだ。かといって、そのためにこちらが小銭をわざわざ用意する気にもなれぬ。

 

グアテマラの紙幣の最高額は以前は100ケツァルだった。日本円にして1100円程度だ。数年前に200ケツァル札が出た。高額の取引をするときは、紙幣がかさばりすぎて何とも都合が悪いと思ったのだろう。銀行でドルを現地紙幣に両替するときに1~2回受け取ったことがあるのだが、どうも町に出回っている気配がない。まだ見たことが無いという人もたくさんいる。
高額取引はともかく、一般庶民にとっては使い勝手が悪くてしょうがないということなのだろうと思う。釣銭確保にうろうろする人たちを見ていると、5ケツァルや6ケツァルのものを買うのに
200ケツァル札など出されたらたまったもんじゃないという反発が強くて出回らないのではないかと勝手に解釈している。

2012年6月17日 (日)

第101号 電気修理のオジサンと教会

 ネバッホの「メディオ・ソル・メディア・ルナ」という宿泊所の隣にラジオ修理を営むオジサンが住んでいた。仮小屋みたいな住居兼用の店?先にラジオ部品がたくさん転がっていた。白髪交じりのいかにも気のよさそうなそのオジサンと何故かよく話をした。とはいっても、そのオジサンはあまりスペイン語が得意ではないらしくて、何を言っても、にこにこしながらフムフムとうなずくだけで、意思が通じ合ったのかどうかはよくわからない。2006年のことだ。

 2007年に行くと、店が少しだけきれいになっていた。2008年には、店の横の空き地に新たな小屋が建っていた。聞くとオジサンのものだという。あくる年には、その建物は教会になっていた。古いぼろ机の前でオジサンが何やらしょぼしょぼと話をしているのに行きあたった。話を聞いている人は3~4人だ。オジサンはどうも牧師らしい。 

 以後年々小屋は少しづつきれいになり、かつ大きくなっていった。今年は、立派な演台がしつらえてあり、その左右にはいくつかの楽器も置いてあった。へー、立派な教会になったねーと感心して話しかけたが、オジサンは相変わらずにこにこしてうなずくだけだ。

 今もよれよれの服を着て、およそ牧師とは縁遠く見える振る舞いなのだが、さて、信者の評価はいかがなものなのだろう。どうやって資金を集めてくるのかとそれも気になる。

 「ここで金持ちになるには、政治家になるか、商売をするか、あるいは福音派の教会を作るかの3つしかない」とこの地に30年以上も住むというアメリカ人が言っていたのを思い出した。あのおじさんもそのルートに乗って、教会を進化させ続けているのだろうか。そのうち威厳も出て来て服もきれいになり大演説をするようになるのだろうか。楽しみだ。
ラジオ修理屋兼牧師のオジサン

2012年6月10日 (日)

第100号 マヤの聖地

ネバッホにはマヤ独自の信仰の聖地とされる場所が10近くある。16世紀前半にスペインに征服されるずっと以前から連綿と続いてきたマヤの宗教儀式を執り行う場だという。聖なる地とはいっても、ただがらんとした建物があるだけだったり、二股に分かれた大きな木の根元だったり、あるいは古い教会の内部だったりで、そこに何か特別なものがあるわけではない。

キリスト教伝来(キリスト教による踏みにじり)前からの聖なる地なのだが、何故かそこには必ず十字架が立っていた。案内してくれた人に理由を聞くと、ぶつぶつと、この十字架はキリスト教の十字架とは関係ないのだというような話をしていたが、良くわからなかった。キリスト教をとり入れたふりをしながら、自分たちの宗教を守っていたのだろうと勝手に推測する。

場所によって、ここは安産の御祈りの場、ここは五穀豊穣を願う場などと分かれている。日本のように学問の神やら安全祈願の神やら豊作をつかさどる神やら、八百万の神が仕事の分担仕分けをしているのかもしれぬ。

十字をまつりながら、あそこではあの神に、こちらではその神にと祈りの対象・内容を変えるのがなんとも面白い。

グアテマラでは、おそらく90%を超える人たちがクリスチャンなのだが、緑豊かなあの地に一神教はどうもにあわない。
聖地で、男性が火を焚きながら本を読んでいた

2012年6月 3日 (日)

第99号 グアテマラ雑貨販売

 僕が初めてグアテマラを訪れたのは2003年だった。そして、イシル地方を訪れたのは2006年だ。その時、コツァルという町でコデアルテコという名のグループと知り合いになった。自分たちの持つ織物技術を活かして、何とか生活に結び付けようと努力している戦争未亡人を主体とする女性たちのグループである。そして、そのグループメンバーを通して、インディヘナとよばれる原住民の生活実態の一部を知った。単なる旅行者として通り過ぎるだけでは決して見えない部分だ。涙をこらえながら聞いた話も数多くあった。

グループメンバーの作品で、ちいさな店に並べられた織物製品は皆美しく手が込んでいるものばかりだった。織物に対して何の興味も持たなかった僕が織物に対して初めて関心を抱いたときでもあった。小物入れ、小銭入れやマフラーなどを中心に、ショルダーバッグの空き空間に入るだけ買って帰り、友人知人に配った。もちろん大好評である。あくる年も同じことを繰り返した。

だが土産として買うには限度がある。3年目から日本で少し売ることにした。当然、買う量が増えた。店にあるものを買うだけではなく注文もする。そんなに沢山の物を買うわけではもちろんない。しかし、日本の感覚からすればわずかな金額だが、グアテマラの田舎町の感覚で見れば、そう少ない額でもない。「ソウジが来たら仕事ができる」と、今や現地では期待されている。期待されている分、歓待もされる。

正直なところ全く儲からない。買いつけた額と送料が回収できればいいところだ。むこうでの生活費・飛行機代等は完全に持ち出しである。でも、関わりを持ってしまった以上仕方が無い。妻や、周りの白く冷たい視線におびえながら?、元気な間はグアテマラもうでを続けるか。

しかし、体はともかく、どう考えてももう金が続きそうにない。金儲けも考えねばならぬ。

みなさーん、グアテマラ製品を買いに来てください。数はそろわないけど、お祝い事の引き出物なんかに喜ばれること請け合いですよ。

コデアルテコの製品の一部です

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