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2012年3月

2012年3月25日 (日)

第89号 超満員バス

ネバッホからコツァルへ行った時のことだ。いつものことだがミニバスは今日も満員だ。ネバッホのバスターミナルを出発する時点ですでに十分すぎるほど満員なのだが、途中でまだまだ客を拾う。

満員バスについては既に何回か書いたが、今回は乗客の数をちゃんと数えてみた。ミニバスの超満員とはどのようなものであるのか。

先ず車であるが、日本でいえば、8人乗り位の箱型ワゴン車である。日本車が圧倒的に多い。グアテマラシティやアンティグアなどの都市部では、日本車の割合が少なくなってきているが、イシルではまだ、85%くらいは日本車である。

日本では、運転手のいる前列は2席で後部は一列当たり3席の2列が普通かな。グアテマラでは、それを改造して後部4列になっている。運転席横にも当然もう一つ席が加わる。日本だと8人乗りの車が、補助いすも加えて、19定員?だ。さらに後部座席前列の、いわば足置きというか、一段高くなったところにも、後ろ向きに2人座っている。座っている人の計21名である。さらに立っている人3名。全部で24名が乗っている。もう、ギュウギュウなんていうものじゃない。だのに、車掌と運転手はさらに乗せようと客を探す。

結局、一番ひどい時は、車内にさらに3人を詰め込んだ。おまけにである、中に入り切れない1人の客と車掌が、屋根に上る梯子にしがみついている。全29人だ。

さらにいうと、この数字には子供の数が入っていない。子だくさんのこの地方では、必ず子連れの客が何人かは交じる。子供も含めた全体数となると、さらに3人程度はプラスになる。

立っている客は腰をかがめた状態で身動きもできず、もう地獄だ。金を払ってバスに乗りながら、なぜこのような責め苦にあわねばならぬのか、と神をも呪いたくなるのではあるまいか。

決して、大げさではなく、かつ稀でもない地方都市間のミニバスの実態である。救われるのは、途中に結構乗り降りがあり、この状態がずっと続くのではないことだ。

2012年3月18日 (日)

第88号 治安

310日付の新聞(我が家は高知新聞)に、グアテマラで日本人が殺害されたという記事が載っていた。現地に住む日本人が車で移動中、3人組に停止を命じられ金を要求されたが、それを拒んだため殺害されたというものだ。

「おまえはよくグアテマラに行くが、大丈夫なのか?」と、その日の朝、早速、北海道の友人から電話があった。大丈夫でもあり、大丈夫でもなしというのが答えだろう。
 グアテマラの治安は良くない。特に首都グアテマラシティの一部などは強盗事件が頻発するし殺人も稀ではない。グアテマラの
2大新聞の一つである「ディアリオ」をみると、毎日紙面は殺人事件などであふれている。ちょっと扇情的でグロテスクなその新聞の記事を見ていると、グアテマラには居たくないなとも思う。

 グアテマラの凶悪犯罪には大きく分けて二つのタイプがあるようだ。一つは、町のチンピラが関わる事件である。小遣い銭欲しさに会社や団体にみかじめ料を要求し、それが聞き入れられないときには見せしめのために関係者を襲うというのがよくあるパターンだ。バス会社への要求が聞き入れられなかったとき、バスの運転手や車掌を襲い、ついでに乗客からも金品を奪っていくというのがよくあるタイプだ。グループ間抗争に関するものも多いと聞く。

 もう一つは、いわゆる人権活動家や環境活動家など人権被害や抑圧に異を唱える人や自治活動を広げようとする人、鉱山開発や水力発電所開発事業などに異を唱える人たちを脅迫し、意に従わない人を闇に葬り去るというものだ。昨年、イシル地方の内戦被害者の会のリーダーも拷問の末殺害された。

 いずれも問題が大きいことに変わりはないが、より深刻で不気味なのは後者であろう。旅行者として外国人が被害を受けるのは圧倒的に前者だ。こちらは、被害にあう可能性は結構高い。危ない場所に近寄らない用心深さと、危ない場所を察知する嗅覚も必要だ。それでも、犯罪には遭遇する。それはそれで運が悪かったとあきらめるしかない。相手は銃を持っていることが多いからゆめゆめ抵抗しないことだ。金は必ず分散して持っておき、いくらかは素直に渡すことが重要だとよく聞く。そうすれば、命まで取られる可能性はぐっと減る。
 そういう意味で、大丈夫であり、大丈夫でもなしという答えになる。

 

治安回復はグアテマラの抱える重大な課題の一つである。大統領選挙戦でもいつもその問題が云々される。だが一向に良くはならない。貧困と格差、地域のボスや企業家と国家の癒着が解消されない限りなかなか前には進めないだろう。

今年大統領に就任したオットー・ペレス氏は退役将軍であり、20万とも25万人ともいわれる内戦時の住民虐殺に関与した軍人であった。この大虐殺の真相を究明し責任者を断罪することがグアテマラ再生のキーだと思うのだが、張本人が大統領では、真相の解明でもあるまい。自分の過去の行動とその結果を解明せずうやむやに済ます人に、現在のグアテマラの抱える問題を解決できるわけがない、と私は思う。大好きなグアテマラだが、現在も未来も明るくはない。

2012年3月11日 (日)

第87 チャフル

中央公園内の店  ゲームコーナーや床屋等が並んでいる


 イシル地方には3つの行政区がある。ネバッホ・チャフル・コツァルである。この3都市の中心点を直線で結んだら3角形になることから、よくイシル・トリアングロ(三角形)と呼ばれる。

あまり取り上げたことはないのだが、この3都市のひとつであるチャフルへも毎年必ず行く。高知に住んでいる知人の友人がチャフルには何人かいる。その人たちへ高知からの便りを届けるのも目的の一つである。今年もそのチャフルに出かけた。

イシル地方への入り口であり、この地方最大の町ネバッホからはチャフル向けてたくさんのミニバスが出ている。山の中のくねくね道を走ること約一時間で目的地のチャフルの中心地につく。ここもまた御多聞にもれず、堂々たるカトリック教会とその前の広場が町の中心だ。すぐ横には、役場や警察署などもある。23年前から、ここの中央広場には、散髪屋やら雑貨屋やらテレビゲーム機などが並んでいる。教会前の中央広場内にいろんな店が並んでいるのも珍しい。初めて見た。

チャフルは、町の規模としてはコツァルより少し大きいと思われるが、これといった観光目玉がないため、ここを訪れる観光客はまれなようだ。外国人そのものが珍しいらしい。街中を歩いていると、しばしば、好奇の目で見られたり、恥ずかしそうに眼をそらされたり、あるいは意味もなく声をかけられたりする。グリンゴ!とも何回か呼ばれた。ふつうグリンゴは白人に対して言われる言葉で、東洋人に対しては使わないのだが、ここでは外国人がグリンゴなのかもしれない。

中心地から少し離れた田舎道をぶらぶらしてみる。こちらをうかがうたくさんの視線が感じられる。道端にござを敷き、コーヒー豆を拡げている家が散見される。ここもまたコーヒーの産地なのだろうか。あちこちで豚が昼寝をしている。中には自由に道を歩きまわっている豚もいる。ちゃんと家に帰れるのかと心配になる。

時刻は昼過ぎ。たくさんの荷物を背負った人々と行き交う。男も女も、そして子供も馬もみなたくさんの荷物を背負っている。とりわけ、薪を担いだ人が多い。午前の仕事を終え、昼食のために家に向かっている人たちだろう。

 少し高いところに上がり、チャフルの町を一望する。静かでのどかな一時だ。1980年代のはじめ、この街も悲惨な虐殺の舞台であったとはとても信じられない。

2012年3月 4日 (日)

第86号 マンゴー

好きな果物はたくさんあるのだが、大好きなものの一つにマンゴーがある。スライスして食べて良し。そのままかぶりついてもいい。小ぶりのやつは、皮を破らないようにもみほぐして、全体が柔らかくなったら、小さな穴をあけてチュッチュッとジュースを吸い出すのもいい。もちろんミキサーにかけて本格的なジュースにするのもたまらない。

18日、今年初めてそのマンゴーを見た。市場の中に果物店は数多くあるのだが、まだ23の店にしか置いてないようだ。種類も1種類だけだ。1月の終わりから5月の雨期が始まるころまではマンゴーが果物店の主役になるのだが、まだはしりである。最盛期になると値段も一個10円から15円くらいになるが、今はまだ少し高く、125円以上する。ま、高いといっても25円だ。

早速、五つを100円ほどにまけてもらって買った。甘さはいまいちで、渋みがかすかに残る。しかし、美味い。

日本に帰って、スーパーに買い物に行ったらアップルマンゴーを見つけた。拳より少し大きいくらいで一つ400円。マンゴーは大好きだが、日本では手が出ない

なお、露店などでは、緑色のマンゴーをスライスしてよく売っている。そんな種類というわけではなく、まだ熟していないマンゴーだ。塩とレモン汁を振って食べるらしい。熟したらあんなにおいしいのになぜ青いうちに塩をかけて食べるのか、理解に苦しむところだが、グアテマラでは結構人気がある。 

   

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