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2011年11月

2011年11月30日 (水)

号外 2カ月ほど休みます

12月2日よりまたグアテマラへ行ってきます。
例年2月ごろ行くのですが今年はちょっと早めです。今回はこれまでの最短で45日ほどの予定です。
帰ってきたら、また新しいグアテマラの顔をお知らせします。
アディオス!アスタ ラ ビスタ。(では、また会う日まで)

2011年11月28日 (月)

第79号 料理と油


誕生会の主人公。やることはどこも同じらしい。
14歳の誕生会に出てきた料理飲み物はコーラ。夫婦ともにふくよかであるが、これはラディーノだ。


 グアテマラでは一般的な食べ物はトルティージャ(トウモロコシをつぶして練って薄く延ばして焼いたもの)とフリホーレス(インゲン豆)である。イシルの田舎に行けば、朝昼晩とこれである。昼はこれに野菜の煮もの等少し色がつく。肉などはめったに出ない。卵もありふれた食べ物ではない。

ある日、ホームステイ先の知り合いの女の子の家に招待された。14歳の誕生日だという。14歳の誕生日は特別なのだそうだ。日本でいえば、成人式みたいな意味合いを持つ誕生会らしい。多くの親せきや知人が集まっていた。その特別な席で出てきた料理が、鶏の煮ものであった。添えてあるのは何かの香辛料と一緒に炊いたご飯と野菜サラダ。こと左様に、肉は特別なのだ。しかもいつも鶏である。市場に行けば、豚も牛もたくさん肉屋にぶら下がっているのだが、一体誰が買うのだろうと思ってしまう。

そして料理はほとんど煮物である。焼き物・揚げ物はほとんどない。特に原住民であるマヤの人たちはそうだ。マヤの家庭で揚げ物を食べたことなど一度もない。炒めものすら見たことがない。とにかく油を使わないようだ。そのためかどうか、ここらでイシルと呼ばれるマヤ原住民に肥満人を見たことがない。ラディーノと呼ばれる混血の人や、都会の人はこの限りではないのだが・・。

では、マヤの人たちは油ものが好きではないのかというと、そうでもない。田舎に行っても、教会を中心にした街の広場には必ず何軒かの鶏のから揚げを売る屋台がある。美味しそうな匂いがあたり一面に漂っていて、それを求める人々もまた多い。肉は全く残っていないといっていいほどにしゃぶりつくしてしまい、骨はそこらをうろつく犬に名が与えている光景はよく見る。

ただこれまで油料理を食べる習慣が無かった、そして家庭にも油料理をする設備がないということなのかもしれない。グアテマラに2カ月もいると、普通に腹いっぱい食べているのに、毎回2キロから3キロくらい体重が減る。油も一つの原因だろう。

2011年11月23日 (水)

第78号 とある障がい者

僕が毎年訪れる家が、サンタカタリーナという小さな町にある。アティトゥラン湖のほとりの山の斜面に造られた町だ。

家族は両親と子供5人の計7人。船乗り場の近くに織物を販売する小さな店を二つ持っており、裕福でもないが、特別貧しいという家庭ではない。ここらあたりのほとんどの家の例にもれず、彼らの家も、曲がりくねった石畳の小さな道をかなり上ったところにある。

この家の最年長の子供は、知的にも身体的にも重度の障害を持っている。昼間は普通、他の子どもたちは学校に行く。母親は店におり、父親はほかの仕事をしている。ミゲエルアンヘルという名のその子は、近くに住む祖母に面倒を見てもらっている。彼の住んでいる家は、貧しくはないが大きくはないし、バリアフリーなどとは縁遠い。ほんの2~3メートルも進めば必ず段差に出会う。しかも立地は急斜面だ。ということは彼と祖母だけでは一日中ほとんど移動できないということだ。坂を下って、下の通りまで行くことは、抱きかかえてでもいかないことには不可能だ。彼の生活範囲は、家の中のそれもほんの一部だけということになる。

 彼の家族はみなとても明るく、笑顔が特別いい。彼も例外ではなく、声をかけると笑みが満面に広がる。片手をほおばるように口の中にいつも入れ、時々顔を左右に大きく降り、意味不明の言葉を発する彼の気持ちは僕には図りようがないが、印象だけでいうと、彼を取り巻く人的環境は決して悪くない。しかし、生活の広がりという面から見るともう最悪に近い。昼間にもっと、変化のある生活のできる環境は作れないものかと切に思う。

 住環境としては、ミゲルアンヘルの家はかなり特殊だが、障害を持つ人を取り巻く環境は、グアテマラでは似たようなものかもしれない。たとえ平地に住んでいたとしても、車いすを操って町を動き回れるような道路構造ではないし、ほんの少しの例外を除けば、彼らが通える場所もないし、教育も整ってはいない。


家族中みな明るくて笑顔がいい。

2011年11月16日 (水)

第77号 トゥカンとスパゲッティ

フローレスの軽食店でトゥカン(サンショクキムネオオハシ)を飼っている店がある。店の名前はズバリ「エル・トゥカン」。もう数年も前の話になるが、ある日の昼前そのエル・トゥカンに寄った。

スパゲッティを食べていたら、お目当てのトゥカンが顔を出した。カラスよりも大分大きい。嘴は3色で尾羽近くに真っ赤なポイントがある。なんとも美しく可愛い。こんなのが森で飛んでいるのを見たらさぞ感激物だろうなと見ていると、あっという間に僕のテーブルによってきて、皿からスパゲッティをパクっとくわえて食べはじめた。あの大きな嘴でパクっとやられたのだからたまらない。テーブルの上と床に皿の中の三分の一程度のスパゲッティが散乱した。

気付いたウエイトレスが慌てる様子もなく、テーブルの外に追いやった。その後のウエイトレスの対応が面白い。テーブルを拭くでもなし、床を掃除するでもなし、もちろん僕に一言謝るでもなし、何ごともなかったかのように他の客の対応をしている。もちろん、すぐ次をつくりますとか、お代はいりませんなぞとは金輪際言わない。

 帰りに、こちらもとぼけて、トゥカンは何を食べるのかと聞いてみた。「ふつうは果物ですねー。それにときどきはスパゲッティも食べます。好きなようです」、だって。ユーモアが有るというべきか、人を食っているというべきか。

 何か不都合なことがあっても、自分が悪かったなどとすぐ謝るのは、世界ではごく少数派だという話はよく聞く。謝ることによって、自分の責任を認めたら、自分が不利になるとの理由らしい。日本は逆だ。謝らないと帰って窮地に立たされ不利になる。話によく聞く、謝罪文化の違いを実感した一コマであった。

 尚、その後、店で見た程大きくはないが、このトゥカンと同種類の鳥を野外で何度か見る機会があった。やっぱり感激ものだ。

これもオオハシ科の仲間だが、ずっと小柄である。

2011年11月 7日 (月)

第76号 グアテマラの初等教育

グアテマラの新学期は1月から始まる。10月から12月までの3ヶ月間は休みである。学校の授業は半日のみで、午前中に学校に行く人と午後からいく人に分かれている。就学率は50〜55%だという。最初はほとんどの人が就学するが、卒業するころには激減するらしい。

就学率の低さについては、子供が労働力として必要とされる現実もあるのだろうが、行く条件は整っているのに嫌になって辞めていく人も多いという。問題の一つは落第制度である。ここでは義務教育でもある一定のレベルに達しないと落第があるのだそうだ。何年も進級できなくて、いやになって止めていく子供達も結構多いらしい。

一方、教える教師側の問題も大きいのだという。教師への教育が行き届いてなくて、教授法を全く理解していない教師がけっこういるという話だ。あんな教え方で分かるわけがないという話はグアテマラ在住の日本人から何回か聞いた。足し算の前にかけ算を教えようとするような教師がけっこういるというのだ。そして、分からなかったら落第。教師の質の問題は今大きくとり上げられはじめているらしい。

子供自身の抱える問題と、落第を簡単にさせてしまう制度の問題と、教師の質の問題と、子どもの労働を必要とする社会の貧困の問題と、この国の教育の抱える問題は大きいようだ。

 

尚、就学率については2006年にスペイン語教師が調べてくれた数字だ。今は少し改善されているかもしれな

い。

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