« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月

2011年10月31日 (月)

第75号 道路封鎖

これはもう5年も前の話だ。最近は昔の話が多くなってしまった。

ウエウエテナンゴウからシェラへバスで向かっていた。約2時間の旅だ。ぼんやりと景色を眺めながら1時間もたったころだろうか。バスのスピードがのろのろになりやがて止まった。前方には車が連なっている。事故か道路工事だろうなと思った。いつものごとく、運転手からは何の連絡もない。そのうち動きだすだろうとしばらく待ったが、その気配はない。荷物を全部持っているため、あまりうろうろ外に出るわけにもいかぬ。

30分近くたっただろうか。ぼちぼち荷物を持って降りて行く客が出始めた。45分を経過したころ、運転手が、いつ通れるかわからないから、このバスはウエウエテナンゴウに引き返すと言い出した。バス代は全部払っているのにと、抗議してみたが、この国では一度払った金は帰ってこない。

 仕方なしに僕も大きなリュックを背負って降りた。道は、グアテマラシティからメキシコ、いやもっと大きくいえば、パナマからアメリカまで続くパンアメリカンという名の幹線道路である。車はずーとつながっている。何事かと車を降りて様子を見る人たちで道路は一杯だ。ここがどこらなのかは全くわからない。まだ昼前だったから時間に余裕がるのは幸いだった。しかし、荷物は重いし腹は減る。正確には忘れてしまったが、小1時間も歩いただろうか。家の数が多くなり、やがて大きな人の塊のあるところについた。

 道路には、タイヤや木材や、あれこれのがらくたが積み上げてあり道が封鎖されている。あたりは、野次馬やら車から降りて何事かと見物している人などでいっぱいだ。とりわけ制服を着た高校生らしき女性が目につく。プラカードを持っている制服姿も散見される。警官もたくさんいる。

 つたないスペイン語で聞き理解したところによると、先生になるために学校に通っている女学生が、新しく施行された教員制度への抗議のための道路封鎖だということだ。これには驚いた。高校生が、制度への不満のために、幹線道路を封鎖する。警官もたくさんいるがそれをとめようとする様子もない。たくさんの野次馬もまことに静かにそれを見ている。そして、車を何時間も止められている運転手や乗客も特に怒った様子もない。

これが日本ならもうえらいこっちゃ。このような制度や法律・政治に対する抗議などに対して、決してグアテマラが寛容な国だとは思えないのだが、この穏やかさは何だ。

それにしてもここらの学生やるじゃない、と感心してしまった。

 

バリケードのすぐ近くにあった食堂に座り、ビールを飲みながら封鎖の様子を眺めた。野次馬や車の運転手などを目当てにした物売りも出没している。さながら祭り気分だ。僕が店に座ってから約30分余り、バリケードができてから2時間余りらしかったが、封鎖は解除された。車の人は小走りに座席に戻り、やがて、車は流れ始め、何もなかったかのような町のたたずまいに戻った。

 外国をうろうろしていると思いもしないいろいろなことによく出会う。だから旅は楽しいのかもしれぬ。しかし、それは思い起こした時の話で、当時は少し焦った。

 

 尚、後日この封鎖についてもう少し詳しく聞いた。よく聞くと、高校生もがんばっているねー、だけでは済まぬ内容だったのだが、それはまた別の話だ。


2011年10月23日 (日)

第74号 野生動物を食べる

フローレスには、野生の動物を食べさせる店がいくつかある。減少する野生動物を一部の物好きのために捕獲して食事の場に提供して良いのか?という議論は現地でもあるらしい。もっともな話だ。今はやめてしまったが、WWF(世界自然保護基金)の元会員であり、自然保護、とりわけ野生動物保護には大いに関心のあった僕の理性は食べてはいけないとささやく。しかし、その弱い弱い理性が好奇心に負けてしまった。

プラト・ティピコ(定番名土料理)という名の野生動物料理を注文する。確か、日本円にして1,200円か1,300円はしたはずだ。イグアナ・テペスクインテ・大ネズミ・七面鳥・鹿・アルマジロである。七面鳥と鹿は比較的一般的であるが、その他は食べるのは初めてだ。テペスクインテに至っては聞いたこともない。大ネズミとは何であるかもわからない。

出てきた料理を見てその量の多さにまずはびっくり。とても一般的日本人の胃に入る一回量ではない。それに、焼いた肉を想像していたが、いずれも煮こんである。最初に何の肉か説明を受けたが、食べているうちに何がなんだか分からなくなる。いずれもそこそこの味で食えないというものではないが、その時は腹の調子があまり良くなかったということもあってか、そううまいものでもない。結局半分程度残してしまった。これで、好奇心は満足したが、何となく後味の悪い食事であった。

野生動物のたたりかどうか、あくる日から下痢になった。

 

テペスクインテは横線の入った尻尾を持ち、面長のアナグマといった感じの動物らしい。その動物は実際見たことはあるのだが、それが本当にテペスクインテなのかどうかの自信はない。日本語ではなんというのかは、もちろんわからない。

これは野生のシチメンチョウ。ティカルの公園ではいくらでも見られるし人懐っこく寄ってくる。

2011年10月16日 (日)

第73号 グアテマラの乗り物


            乗り物の王者

         これがトゥクトゥクだ。

バス 

 グアテマラ交通の王者である。近距離から遠距離まで国中を網羅している。ふつう僕が乗るのは、通称チキンバスと呼ばれるバスで、庶民の足だ。よく混むし荷物もすごい。鶏などもよく運ばれている。日本では昔懐かしのボンネットバスがほとんどである。その他、遠距離で金持ちや観光客用の一等バスもある。こちらはエアコン付きだ。

ミニバス

大型バスが走っていないか、あるいは便数が少ない場合、それを補う形でミニバスと呼ばれるマイクロバスが走っている。イシル地方でいうと、県都であるキチェからイシルの中心地に行くにはこのミニバスが30分に1本は走っているがいつも超満員である。イシルの中心地ネバッホからも周辺各地に頻繁にミニバスは走っている。コツァルやチャフル等に行くのもほとんどミニバスである。

トゥクトゥク

グアテマラでトゥクトゥクといえば誰でもわかる。ま、おそらくタイか、カンボジアあたりの国の言葉がそのまま入ってきたのだろう。インド流?にいえばオートリキシャで小型三輪タクシーのことだ。近距離限定タクシーである。ちょっとした街に行けばもちろん普通のタクシーも走っているのだが、イシル地方ではまだ普通のタクシーは見たことがない。安いし、割に気楽に皆利用している。しかし、乗り心地はもちろん悪い。それにあくまでも町内限定であり、ちょっと遠くになると断られる。中距離を走れるような構造にはなっていないのだ。ネバッホにはたくさん走っているが、坂ばかりで平地の無いコツァルやチャフルではあまり見かけない。アンティグアやパナハチェルなどに行くと、もううようよといっていいほどのトゥクトゥクの量である。

このトゥクトゥク、インターネットで調べたら日本でも売っているらしい。なんと値段は138万円だそうだ。グアテマラ人が見たら目を回しそう。

 
自家用車とバイク

グアテマラも金持ちになってきているのだろうか。自家用車がすごい勢いで増加しているしきれいになった。ほんの67年前には、これでも車か、これでも動くのかと思うほどのボロボロの車がよく走っていたものだが、最近は本当にこぎれいになった。バイクも激増しているようだ。若い人に人気があるらしい。

でも、車もバイクも街での話で、コデアルテコで細々と布を織る人々から見れば遠い世界の話だ。

 
鉄道

鉄道が交通のかなめである国は多いのだが、ガテマラでは、鉄道で移動する話は聞いたことがない。地図で見ると、太平洋側からカリブ海の港まで鉄道が走っているのだが。昔、バナナやコーヒーなどの農産物を運ぶための手段として、アメリカ資本の利益擁護のために鉄道建設はされたらしいが、現役なのかどうなのか。

尚、地形の関係だろうか、この国ではあまり自転車は見かけない。


人もバイクも車もごちゃごちゃ

これは5年前メキシコのユカタン半島で見た人力車。グアテマラでは見たことはない。

2011年10月 9日 (日)

第72号 街犬

ネバッホではいつも世話になるアデ家の飼い犬が毒入りの餌で殺された。これで、2匹いた犬のどちらもいなくなった。普段それほど愛情たっぷりに可愛がっていたとは僕には思えないのだが、飼い主家族の悲嘆は相当なものだ。ここらの犬は飼い犬と野良犬の区別は難しい。飼犬であったとしてもしばしば外に放たれる。首輪はしていないのがほとんどだ。

だから、飼い犬・野良犬相まって、そこいら犬だらけである。僕は、もともと犬はあまり得意でなかったため、最初はとにかく驚いた。怖くもあった。が、ここらの犬は総じて、人間を怖がりこそすれ、あまり人には危害は加えないのだということが、慣れるに従って分かってきた。

しかし、中には例外もいる。噛みついたのを見たことはないが、敵意があるとも取れる表情で突然吠えかかってくる犬もいる。そんな犬は、夜になるとさらに攻撃的になる。アデ家の犬もそんな犬の中の一匹だった。通りでよく人に吠えついていた。家の中にいる時も、鉄格子越しに表を通る人をよく驚かせた。そんな犬を快く思ってなかった人がいても不思議ではない。

夜中に家の中に毒が投げ込まれ、それを食べて死んだようだ。犬一般ではなく、アデ家の犬を狙っての犯行なのだろう。

野良犬も飼い犬も外に放たれ自由に歩き回る。それはグアテマラではありふれた日常であり、そのことを世間が問題にしているようには見えない。しかし、そのことに問題がないわけではないことは、犬の毒殺からも推察できる。だけど、問題があるから隔離しろ、外には出すな、野良犬を見たら保険所に連絡して殺してもらえ、というような現代の日本のような社会にはならないことを祈る。共存する道はあるはずだ。


暑いから昼寝。毛並みから見るとこれは飼い犬か。

2011年10月 2日 (日)

第71号 移動とトイレ

血圧がどうも安定しない。脳梗塞後は特に不安定な日が続いた。そこで、これまでより少し強めの降圧剤を飲むこととなった。その薬には利尿作用がある。朝食後に飲むのだが、午前中は何度もトイレに行きたくなる。日本にいるときは別にそれでも問題はないのだが、グアテマラでは困った。なんせ長時間のバスの移動が多いのである。移動日と分かっている日は薬を何度かぬかしもしたが、そういつもいつももぬかすというわけにはいかない。

ある日、サクレウというマヤ遺跡に出かけることにした。目的地であるウエウエテナンゴウまでは宿から5時間はかかる。バスに二度乗り換えをしなくてはならぬ。1度めの乗り換え地にトイレはないから、2度めの乗り換え地でトイレに行けばよい。宿から出る直前にトイレに一度行っておけば問題はない、と薬をいつものように飲んだ。二度目の乗り換え地であるロス・エンクエントロスまでは順調だった。計画ではここでトイレに行く予定だったが、降りたらすぐ次のウエウエテナンゴウ行きの冷房付きの座席指定特急バスが待っていた。これはとてもラッキーなことだ。確実に座れるし込んでもいない。リクライニングシートだ。トイレに行く時間はないが、もう2時間なんとかなるだろうと飛び乗った。

これが間違いだった。10分もしないうちにどうも膀胱がうずうずしてきたではないか。隣に座っているおじさんはのんきにビールを飲んでいる。30分もしたら少しやばいなと感じ始めた。それでも1時間我慢した。1時間でクアトロカミーノという重要な分岐点に着く。そこにはトイレくらいあるだろうと、隣のおじさんに聞いてみた。先ほどまで機嫌よくビールを飲んでいたその人も、今や尿意に耐えかねている様子だった。急に親しみを覚えてしまった。バスが停まると二人で入口に走り、トイレに行くから待っていてくれと運転手に頼んだ。

だが、意外にも答えはノーだ。バスが遅れているからすぐ出発する、待てないというのだ。だけどもう我慢はできない。バスの中でしてもいいのかと隣のおじさんが詰め寄る。仕方がないなーという顔をした運転手が、じゃ、バスのタイヤのとこでして来いというではないか。もう場所を選んではいられない。後輪に向かって二人で豪快に?放尿した。やれやれと、安どしてふと上をみると、乗客が何人か覗いているではないか。いやー、これには参った。バスに乗って座席にたどり着くまでのきまりの悪かったこと!!

今回の教訓。トイレに問題のある御仁は、きちんと計画通りに旅をすべし。

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

無料ブログはココログ
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30