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2010年1月

2010年1月31日 (日)

しばらくお休み

 数少ないこのブログの読者の皆様、2月1日から約70日間の予定でグアテマラに行ってきます。

僕がいくというと、コツァルのコデアルテコのメンバーがとても喜んでくれます。「またいいカモが来る」と思っていることでしょう。需要さえあれば仕事をしたくてたまらない彼女らですが、なかなか買い手がありません。貧乏な僕が買えるのはほんのわずかの品ですが、それでも彼女らにとってはとても重要な収入源なのです。買ってきた品をさばききることができず、行くたびに赤字がかさむのですが、僕が買うことで少しでも彼女らの仕事を増やすことができるならと、貢ぎ?の旅をやめられません。

初めての出会いの時よりは2回目、2回目よりは3回目、3回目よりは4回目と、ほんの少しずつではありますが、彼女らの生活は向上しているように感じます。願わくば、去年より今年がさらに良くなっておりますように。そして、また僕にとっても新たな人との出会いがありますように。

パソコンは持参しませんから、ブログは4月の半ばまでお休みします。

2010年1月25日 (月)

第32号 シルビアの語る過去

1981年、ゲリラの協力者とみなされた二人の兄弟がいきなり軍に拘束され殺された。

1982年、警察官をしていた従兄はゲリラに撃たれて死んだ。

コツァルには住めないと思い近くの森の中の家に移ったが、軍が来て家を焼き、家畜を殺し、食物も焼いた。すべてを失って、仕方なくコツァルに歩いて帰ったが、前に住んでいた家のあったところには何もなかった。近所の人がトルティージャをくれたが食べる気もしなかった。収入を得るすべがなく、誘われるままに海岸地方の農場に出稼ぎに行った。仕事は薪割りだった。ふつうは男の仕事でありとてもきつかったが、他に選択肢はなかった。

1984年に結婚をしたが、軍の組織したパトロール隊で見回りをしていたときに夫はゲリラに殺された。別に軍に協力していたわけではない。

1986年ころから大分状況は落ち着き静かになってきた。そのころ、織物をしているグループに出会いメンバーになった。これが後のコデアルテコである。これまで何とか食べてこられたのはコデアルテコのおかげである。

 軍の支援者ではないかとゲリラから狙われ、ゲリラと関係があるのではないかとみなされ軍からもねらわれる。「我々にとっては軍もゲリラもない。ただ戦いは迷惑なだけだった」、と語ったネバッホの老人の言葉がよみがえった

 ゲリラが憎いかどうかシルビアに聞いてみた。「誰が殺したのかは、本当は分からない。だから憎んでもどうしようもない」との答えが返ってきた。それ以上はもう聞けなかった。

内戦がどのようなものだったのか知りたいとは思う。でも悲惨な体験を聞いても僕にはどうしようもない。せめてこれからの生活が少しでも楽しいものになるよう祈るばかりだ。

コデアルテコの製品の一つ。小さいランチョンマット。

2010年1月14日 (木)

第31号 カタリーナの証言

コデアルテコの中心メンバーの一人カタリーナ宅を訪問した。穏やかな顔をした優しそうな女性だ。家の中に座っていても、外の様子が十分わかるほど、壁板の間に大きな隙間のある部屋のなかで、コーヒーをごちそうになりながら、ぽつぽつと語られる話を聞いた。

年齢は56歳(2006年当時)。母親と二人暮らしだ。一人娘はグアテマラシティーに住んでいる。娘が帰ってくることはめったにないが、カタリーナの方は年に何度も会いに行くらしい。片道7時間から8時間のぎゅうぎゅう詰めバスの旅は、肉体的も経済的にも決して楽ではない。しかし、娘の事は気になるし逢いたい。母親もコデアルテコのメンバーなのだが、高齢で最近は体調不良を訴えることが多い。家にいたら娘が気になるし、娘の所に滞在している間は、老齢の母親の事も気になるという。

夫はどうなったのか、内戦中の生活はどうだったのか聞きたかったが、初めて会った人にそのようなことを聞く程僕は厚かましくない。しかし、その僕の気持ちを察したのかどうか、ペドロが夫の事を切りだしてくれた。何の躊躇もなく、カタリーナは語りだした。僕のスペイン語では聞き取れないことばかりだが、要約するとこうだ。

1986年に、ある日突然家に軍隊がやってきて夫を森に連れて行った。今日は帰ってくるか、明日は帰ってくるか、1週間したら帰ってくるだろう、2週間したら帰ってくるだろうと毎日待っていたが帰ってこない。1ヶ月すぎたある日、ともに連行されていた夫の友人が帰ってきて、夫は殺されたと語った。友人は運よく逃げられたらしい。死体を運んで来たかったけど、あまりにも遠すぎてできなかった。死体であっても最後に一目見たいと思ったが、かなわなかった。そして一人娘と彼女が残された。

淡々と語られる言葉を聞きながら、今日に至るまでどれだけの苦労をしてきたことだろうと、胸が痛んだ。

そして、最後に、「今も貧困の恐怖と闘いながら生きている。もっと仕事が増えたらお金をためて、自分の住む家を建てる土地を買うのが私の夢だ」としめくくった。

できることなら、この人たちと関わりを持ち続けたい、僕がそう思った瞬間である。
本文とは関係ありません。腰機と呼ばれる手織り機で織物をするコデアルテコのメンバーの女性。イシル地域ではどこでも見られる一般的な風景である。
ここに記事を記入してください

2010年1月 9日 (土)

第30号 悲しき消防車

イベントのたびに、日の丸とグアテマラ国旗をフロント中央に描いたきれいな消防車がネバッホの街中を走っている。イベントの時以外は、市場の横の消防車の駐車場にいつも停まっている。しかも不思議なことに緊急時すぐ出動できる態勢には見えない奥の方にいつも停まっている。

ステイ先のアデにわけを聞いてみた。驚いたことに、日本政府からの援助物質の一つであるこの消防車はまだ1度も緊急出動をしたことがないのだそうだ。何故か? 必要がないからか? 日本に比べると火の取り扱いがあまりにもずさんに見えるこの地だが、その割には火事が少ないのは事実である。でも、火事ゼロというわけではもちろんない。何かあった場合は如何にも性能のよさそうな日本仕立ての消防車が一番に駆けつけてもよさそうなものだ。

答えは、あまりにもお粗末であった。消防車本体とホースとをつなぐジョイント部分がないのだそうである。ま、ホースが使えなかったら火消しの役には立たぬ。イベント用のお飾りもうなずける。

アデの話によると、ジョイント部分は最初からなかったというのである。聞いた瞬間「それはないだろう、いくらなんでも」と思ったが、日本のこれまでのあちこちでの援助のやり方を考えると、それもありかもな、と思えてしまうところが怖い。

ジョイント部分が最初から無かったのか、有ったのかはさておくとしても、間違いなく現時点で、日本からの援助は無駄であったということができる。

本とグアテマラ友好に役立っているわけでもない。なんせ、車に描かれている日の丸がどこの国の国旗かを知っている人はほとんどいないのだから。日本だよと教えても、それがどこにあるのやら分っている庶民はほとんどいない。

2010年1月 3日 (日)

第29号 いらぬお節介 -あるプレゼントー

コデアルテコの事務所の隣に民家があり、一人の女性が住んでいる。年齢は未詳だが、顔のしわの数とその深さから類推するにかなりの年輩だ。彼女はいつも裸足である。石や犬の糞がごろごろしている道を、別に足元を確認する様子でもなくすたすたと歩いていく。別に痛そうな子をしているわけでもなく歩きにくそうな様子でもないのに、こちらは自分のこととして置き換えてみて、さぞ痛かろう辛かろうと考えて目をそむけたくなる。けがをするのではないか、傷口からバイキンが入ったら、などと心配してしまう。

そう思ったのは何も僕だけではなかったようだ。以下はペドロから聞いた話である。

ある日、あるアメリカ人がその女性に靴をプレゼントした。ありがたくその靴を受け取ったその人は、嬉しそうにその靴を履いて歩いていたそうだ。しかし、3日もすると彼女の足からその靴が消えた。何も盗られたわけではない。もったいなくて神棚に飾ってあるわけでもない。

彼女曰く。「せっかくもらったのだからと23日は履いてみたが、なんとも窮屈で歩きづらく不便なもんじゃ。なんであんなものを皆履きたがるのやら分らん」。

靴はしばらくは家の入口の片隅に転がっていたがいつのまにか見えなくなったという。

自分ならどう思うのか、相手の身になってものを考えなさいとは、善人と言われる人たちがよくしたり顔で言うことだ。おそらく間違いではない。しかし、相手の身のなるということは、いったいどういうことなのか、なかなか難しい。

靴をプレゼントした人は、結果を聞いてどう思ったことだろう。「せっかくの善意を無にしやがって…」、「だから未開人は嫌なんだ…」、「もっと履きやすい靴にすればよかった…」、「ハッハー、恐れ入りました。私が未熟でございました・・・」。そのいずれかを言ったとか言わなかったとか。

善意で何かをしてあげていると思っている人、自らの信念を持って相手を変えたいと思っている人、そんな人は特に気をつけましょう
本文の女性とは違うが、この人もはだしだ。足の裏はカチカチである。

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