« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月28日 (金)

第10号 歯医者

 一番心配していた前歯ではなく、予想していなかった奥歯のかぶせものが取れてしまった。どうしても舌が詰めものの取れた跡をまさぐる。がりがりとした感じがして舌が痛い。これはもう歯医者に行く以外にどうしようもない。ステイ先が紹介してくれた歯医者に行った。中央公園からネバッホの中心街を北に3ブロックほど行ったところに当の歯医者はあった。パン屋の横の階段を上った2階だ。殺風景な待合室には椅子が2つ置いてあるだけで、絵の一つも飾ってはない。一人先客と思われる男性がいたが、なぜか僕が先に通された。

診察室には30台と思しき男性の医者が一人いるだけで、あとは看護婦も助手もいない。60度くらいに角度の固定された診察治療用の椅子と、歯を削る機械がみえるが、いずれも年代物という感じがする。うがい用の装置はない。とにかくくっつけてほしい、余分なことは何もしてほしくないというのが本音だった。変なことをされてまた後日もう一度来いと言われたら困ると思って、明日にはネバッホを去るのだとちょっと嘘もついた。

取れた歯をしげしげと眺めながら、「これは日本で作ったのか?値段はいくらだった?」と聞いたり、「東京は一度テレビで見たことがある。素晴らしい街だ」などと言いながら、手に持ったかぶせものを歯にあてがって確かめもせず、いきなりセメントを詰め込んでぐいぐいと差し込んでしまった。消毒も何もない。えー、それはないぜ、と思ったがどうしようもない。1時間は飲み食いするなと言われて、紙ナプキンを1枚くれた。うがいの代わりにそれで口をきれいにしろということらしい。それで終わりだ。もし歯を抜いたりして、血が多量に出たらどうするんだろう。

料金は?と聞くと即座に100ドル(約1万3千円)だという返事が返ってきた。以前アンティグアでも歯医者にかかったことがある。その時はもう少し複雑な治療をして75ケツァル(約1100円)だった。「100ドル?アメリカドルか?」と尋ねるとそうだという。真意を測りかねてまごまごしていると、「金を持ってないなら20ケツァル(約300円)でいいよ」と言い直し、涼しげな顔をしている。歯医者としての設備と腕はともかく、ジョークのセンスは持ち合わせているらしい。それとも本気だった?

金を払うとドアを開けてくれて、困ったらまたいつでも来いと見送ってくれた。愛想がいいのはうれしいが、できることなら、もう行きたくはない。
幸い歯はしっかりとくっついていて未だ何ら問題はない。バイ菌も入っていなかったようだ。


殺人事件ではありません。歯医者とも無関係ですねー。

2009年8月22日 (土)

第9号 鶏足牛頭

「鶏口となるも牛後となるなかれ」ということわざがあるが、今回の題はそれをもじったものではもちろんない。単なる食い物の話である。

牛の頭

さて、市場を歩いていると、日本では見かけたことのないいろいろなものに出会う。ある日、肉屋のテーブルの上に、大きな黒っぽい塊がドーンと置いてあった。近くに寄ってみると、牛の首から上がそのまま置かれていた。眼がまだぎょろりとこちらを向いている。一人の婦人が近寄ってきて、何かを注文した。店員が斧を取り出して、いきなり頭をたたき割り始めた。異様な風景である。あたりは肉屋ばかりが集まっている場所で、生肉のにおいが充満している。婦人の注文したものは脳味噌であったらしい。たたき割った頭の中に手を入れ何かぐちゅぐちゅしたものを店員が袋詰めにしている。牛の脳みそ料理とはどのようなものか興味があったが、見知らぬ人だ。もちろん僕の口には入らない。

鶏の足

鶏の足を売っている人もいる。もも肉ではない、足である。足というより指といったほうが正確かもしれない。あの、黄色いところだ。鶏がいたら足もあって当然なのだが、足先部分だけを売っていると少し違和感がある。一体これは何にするのかといぶかしく思ったが、どうもスープの材料にするらしい。もちろんダシもでるだろう。

市場で買って食べたわけではないが、鶏の足のほうは食べる機会があった。ホームステイ先の娘の誕生日に鶏をしめたからだ。何かの祝い事などではここらでは鶏をしめて食べることが多い。そこらで放し飼いにしている奴で、肉は少し硬いが味はいい。それはともかく、その時あの指を食べさせてもらった。間違いなく鶏の味がする。あまり肉はないが結構いける。もちろん、「うまい!」と唸るほどのことはない。足だけでなく、トサカも食べた。こちらもうまい。ついでに脳みその部分も頭ごとすすって食べた。牛の脳みそはかなわなかったが鶏の脳味噌にはありついた。順番を付けるとしたら、1位・脳みそ、2位・トサカ、3位・足 かな。しめた鳥は1羽で、足は2本あるが、トサカも脳も1つずつしかない。それを僕一人で食べてしまった。子供たちがうらやましそうな顔をしていた。誕生日の主役を奪ってしまったようで少し気が引けたが、めったにない機会だから遠慮はしなかった。

特製セビッチェ

ちょっと人によっては気持ち悪い食べ物の話になってしまった。ついでにもう一つ。イシィルではなく、トドス・サントスという町の話だ。

グアテマラだけでなく中南米で広く食べられているものにセビッチェという料理がある。いわば魚介類と野菜のサラダで、レモン汁やコリアンダーなどの香草がたっぷり入っている。日本人にもあまり違和感のない味だ。魚介類と野菜だから内陸部には普通ない。ところが山奥のトドス・サントスにはこれがあるという。材料は魚介ではなくて、牛の睾丸だというのである。それはぜひ食べてみたいものだと僕が興味を示すと、当地のスペイン語学校の教師のポロが、次の日曜日にご馳走をしてくれるという。楽しみにしていたが、ポロに急用ができて日曜日は町を離れてしまったため実現しなかった。次の日曜日ならと申し訳なさそうにポロが言ったが、その前に僕はその街を去ってしまった。日曜限定なのは、日曜日に開かれる市で新鮮な材料が手に入るからだ。とても残念であったことのひとつである。牛の睾丸のセビッチェ、食べたかったなー。

 ところで、イシルでもトドスサントスでも肉屋に冷蔵庫は見たことがない。腐る前に皆売れるから問題ないということなのだが、さて・・。昼間の温度は結構高い。
鶏の足、それとも手?見た目はちょっとグロテスクだが、味はなかなか。



ここに記事を記入してください

2009年8月12日 (水)

第8号 名物料理ボシュボル 

イシルの食べ物といえば必ず登場するものにボシュボルがある。スペイン語学校の料理教室もこれだったし、2~3日間同じ家に滞在すれば必ずと言っていいほど、もてなし料理として供される物の一つだ。材料は、トウモロコシである。乾燥させたトウモロコシを水につけてふやかし、粉にひいて水で練り、薄く円形にのばして焼いたら主食のトルティージャになるが、薄く円形にのばさずに、棒状にこねてグイスキルという植物の葉に包んでゆでたらボシュボルだ。

それを葉っぱごと、ソースをつけて食べる。ソースはトマトとかぼちゃの種子?とトウガラシをすりつぶし混ぜ合わせたものだ。このボシュボル、美味くてたまらないというほどのものではないが、結構いける。大きさも適当だし、ソースのうまみもあっていくらでも食べられる。グイスキルの葉の柔らかいところだけを使い、丸ごと全部食べてしまうところもあるが、葉の真ん中の芯のかたい部分も包み、芯の部分は水分だけをチュチュっと吸って、後は捨ててしまう場合もある。地方により、家庭により少しずつ違いがあるようだ。でも総じてこの地方の人はボシュボルが好きだ。今日はボシュボルにしようか、という時の彼らの顔は少し誇らしげにも見える。

2009年8月 6日 (木)

第7号 弾圧の爪痕 2

ココップ

                                               
案内人のフェリッペ。ホテルの管理人も兼ねている

ネバッホのスペイン語学校に入学するといくつかのおまけが付いている。日帰り旅行もその一つだ。近くの名所見学、トレッキングなどいくつかの候補がありその中から自由に選べる。何もわからないままココップ半日ツアーというのを選んだ。半日だし、手頃だと思っただけだ。

参加者は僕だけだ。オフシーズンなのかスペイン語学校の生徒も僕一人のようだ。案内人はフェリッペという35歳の小柄な男性である。朝の8時半に学校を出発。まずは、リオ・アスールという場所までバスで行くのだが、そのバスがなかなか来ず、結局乗ったのは9時半であった。バスの所要時間は約15分。降りたところで、フェリッペに水くらいは持って行ったほうがいいと注意され近くの店で水を買う。能天気に水も食料も何も持っていない。散歩くらいの気持ちだ。

天気よし。さわやかな風が吹き、やわらかな土の感触が気持ちいい。とりとめもない話をフェリッペとしながら、なだらかな上り道を進む。途中に集落はほとんどなく、人の姿もあまりない。時折、薪を背中に担ぎ手にマチェテと呼ばれる農作業用の刀を持った人と行き交う程度だ。約1時間半ばかり歩いたところで目的地に着いた。パラパラと住居が点在し、牛が草をはみ、馬や豚の姿も見える。小鳥たちのさえずりが時折耳を楽しませてくれる。きれいな小川が流れ、名も知らぬ小さな花がたくさん咲いている。フェリッペも僕も小川の水をすくって口に含み、タオルを濡らして汗をぬぐう。歩いた後だけになおさら冷たくて気持ちいい。クチュマタンの山々に抱かれたのどかな田舎の風景が広がっている。

しかし、このココップが有名なのは、なにもその美しくのどかな風景故ではなかった。フェリッペの話によると、1982年4月21日この村を悲劇が襲った。その日の朝、住民は皆教会前に集まるようにとの連絡が入った。その日は、セマナサンタ当日で、いつもは朝早くから畑や山仕事に出かける人もみな家にいたらしい。何事かといぶかしがりながら皆が集まってきたころを見計らって、一斉射撃が始まったという。犠牲者は68人。最初に人が殺され次に動物が殺され、家が焼かれ、すべての作物も焼かれた。何とか生き残った人たちは山に逃げ、以後15年間も帰ってこれなかった人もいる。現在は35家族、160人が住みついている。

かえりは来た道とは違うルートをとった。最後に丘の上からもう一度ココップ全体を見回した。何軒かの家からは、遅い昼食の用意だろうか、白い煙がたなびき牛は相変わらず草を食んでいた。が、朝と同じその光景をのどかな風景と感ずることはもうできなかった。

行きは取り留めもない話をしていたガイドのフェリッペだったが、帰りはぽつぽつと戦争中のことを語りだした。「午前中は何時間か外を歩くことが可能だったが、午後からは家から外に出ることはできなかった。軍に見つかれば殺された。約4000人が山へ逃げた。1981年、おじさんは山に逃げたままいまだ行方不明だ。おばさんは、ゲリラの居場所を知らないかと問われ、知らないと答えたらその場で殺され、家も家畜も作物もすべて焼かれた。妻は森で両親を殺された。まだ3歳だった。姉が連れて逃げてくれ、以後姉に育てられた」云々。

2009年8月 1日 (土)

第6号 ポピーズと障がい児と

レストラン・ポピーズ
 
ネバッホの中央公園から西に2ブロックばかり行った坂の途中にポピーズという名のレストランがある。スペイン語教師ウーゴからの情報によればパンがおいしいらしい。ある日の午後立ち寄ってみた。大きな犬が吠えながら出迎えてくれた。猫が2匹椅子の上に寝そべっている。入口のすぐ横に机が一つ置かれており、事務所になっている。レストランのほかに日帰りから4~5泊程度までのトレッキングのガイド業も営んでいるし、バックパッカー向けの宿も営んでいとのことだ。コーヒーとケーキを注文した。いずれも、そこらの市販ものとは一味違っておいしい。日本で慣れ親しんできたケーキの味に近い。これならまた食事にも来ようかと期待を持たせる味だ。ただ、通りから舞い込んでくる埃には閉口した。テーブルの上にはうっすらと埃の膜が張っている。一応は舗装はしてあるのだが、未舗装道とほとんど変わらないくらい埃が積もった通りに面し、しかも結構交通量が多いときている。車が通るたびにもうもうと巻き上がる埃には手の施しようがないようだ。ちょっと埃が舞ったくらいは気にしない。そんな精神力?がこの店だけでなくこの町では要求される。

それはさておき、ここの経営者は、ドナルドという名のアメリカ人で通称ドンと呼ばれている。チェーンスモーカーでひっきりなしにタバコを吸っている。日本についても詳しい。聞くと、富士山の大石寺で僧の修業をしていたという。日本語で話しかけると一応意味は理解できるようだが、もう言葉は出てこない。「ずいぶん昔のことだ」と少しさびしそうに笑った。息子さんの一人は今でも大石寺にいるとのことだ。

そんな話の途中ひょんなことから、障がい児の話になった。2階のホテルの空き部屋を使用して障がい児のための教育を行っているそうだ。大きくなっても教育らしい教育を受けることのできない彼らを見てかわいそうになったのがその動機だという。社会福祉施設に長い間勤めていた身としてはちょっと気になる。後日その教室を訪れた。


 障がい児への関わり
 訪れた日は4人の子供たちが来ていた。知的障がい児2名と、そのうちの一人の兄弟1名。肢体不自由児1名だ。それに教育兼世話係の女性が1名。障がい児と接するのは初めてだという。
 以前アンティグアで老人ホームに1週間通ったことがある。取り組みや気晴らしの類は皆無といっていいほどで、ボランティアが来て何かかかわりを持ってくれる以外はただ日がな1日車いすに座っていた。ここも同じようなものかなと想像していたが、予想は覆された。2時間半くらいの間に、ボウルけり、かくれんぼ、絵描き、歌などいろいろと工夫を凝らして各個の力を考慮したプログラム作りをしていた。おやつもでる。子供たちは結構楽しそうにしていたが、 

女性職員に後で聞くと、指導してくれる人もヒントをくれる人もなく行き詰っていると悩みを漏らしていた。

一つ驚いたのは、イシル語もままならぬ彼らに、スペイン語教育も取り入れようとしていることだ。別に今から彼らにスペイン語を強制することもないのではないの?と僕は思うのだが、スペイン語を話さなければならないという地域の圧力の強さがうかがえる。スペイン語を母語とする人たちはする必要のない努力を、その努力の恩恵にあまり預かることのないであろう彼らまでもが強いられている。

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

無料ブログはココログ
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30