2016年2月 2日 (火)

第258号 チチカステナンゴ

11月1日の使者の日にチチカステナンゴの市へ行った。どえらい人出で前に進むのも難しい。死者の日の墓参りのための花を買いに来た人とチチカステナンゴの守護神の引越し?の日の人出とが重なったのが理由らしい。教会前では、プロと思しき楽団が大音響で演奏会もしている。キリストやマリア像を乗せた山車を背負いプロセシオンと呼ばれる行列が厳かに通って行く。 教会の階段から見ていた僕の周りからスーッと人がいなくなったと思ったら、すぐ横で花火がドンと大きな音を立てて上がった。耳にビーンと響いた。少年が直径15センチ程の円筒を抱えてウロウロしている。次の花火を打ち上げる場所を探しているのだ。筒をおくと、火のついた花火が中に放り込まれ勢いよく打ち上げられるというわけだ。これだけの人ごみの中で、日本では絶対にあり得ない光景である。 もうわけが分からない程混沌としていて面白い。が、疲れる。民芸品屋のおじさんが、スリに気をつけろと真顔で心配してくれた。 人混みを避けて、屋台店ではない店に入った。綺麗なバッグが並んでいる。通りの喧騒をよそに店内は静かだ。店の主人が出てきて日本人かと聞く。そうだと答えると、チチカカという店を知っているかとたたみかけて来る。チチカカといえば中南米の服飾を中心に売っている店だ。高知にも店舗がある。何年か前まではチチカカから時々買い付けに来ていたのだそうだ。あまり買い叩くので最近はもう取引をしていないということだった。思わぬところで日本と繋がった。 チチカステナンゴは行く度に、ただ歩いているだけで何か新しく面白いものに出くわす。何か新しい品物を見つけようと目を凝らせば、もうこれは切りが無い。



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2016年1月26日 (火)

第57号 トウモロコシと石灰とナイアシン欠乏症

グアテマラでは主食であるトルティージャを作る過程で、水酸化カルシウムを多用する。そのもととなる石灰の塊は市場でもよく売られている。何故石灰を入れるのか疑問だった。そのことについては以前のブログでも紹介した。

「石灰を加えることにより、トウモロコシの粒の薄皮が取れやすくなり、特有の香りを強め、カルシウムの補いにもなります。さらに酸性食品であるトウモロコシに、アルカリ性のカルシウムが中和剤として働き、消化をよくする効果もあります」ということだった。

今回、イシル地方でよく見かけたトルティージャの制作過程を思い出していると、いくらか不明な点があり、ネットで調べていると、調べていたこととは別に、トウモロコシと石灰処理について重要な事実を知った。僕が知らなかっただけで常識なのかもしれないが。

曰く、「アルカリ処理は、トウモロコシに含まれている必須アミノ酸ナイアシンの吸収を容易にするための伝統的な措置で、7000年の歴史を持つこの摂取方法を知らずに母国に持ち帰ったスペイン人等は、ペラグラに罹患した。これは、トウモロコシのみを食事とした場合に発生する現象であって、副食経由で、ナイアシンを補う場合には起こり得なかった。タンパク質の利用度の向上は必須アミノ酸リシントリプトファンナイアシンの吸収性が上がることにより、トウモロコシを主食とする先住民族はペラグラの予防につながっていた。」

 トウモロコシの石灰処理は、トウモロコシを多食し、その他の副食をあまり食べない人たちが彼らの健康を維持していく上で必要不可欠の過程だったのだ。

 先人の知恵とは偉大なものである。

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2016年1月25日 (月)

第256号 コーヒー店と靴磨きと

サンタンデール入口の三叉路の前にあるコーヒー店でコーヒーを飲んでいると、別にこのコーヒー店に限ったことではないが、いろいろな物売りなどがやってくる。中でも多いのが靴磨きだ。圧倒的に少年が多い。スニーカーを履いているのに磨けと粘る子もいる。ノーといえば去って行くのが大半なのだが、中には「金がなくて、何も食べてない。腹が減っている。1ケツァル恵んでくれ」とせまる子もいる。そんな子に限って愛想良く、「Como estas? Cómo te llamas? Me llamo daredare(元気ですか? お名前は? 僕は誰々です)」などと話しかけて来る。ニコニコして寄ってきたらまず注意だ。
スニーカーなのに、汚れているから磨かせてくれと商売で迫るのはまだいい。しかし、靴磨きは放っておいて、金をくれとせがまれるのが一番困る。そんな子供に金を与えることはないのだが、見ていて切なく悲しい。

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2016年1月 9日 (土)

第255号 タマリートとグイスキルと

ペドロが畑に寄り道をした。結構長い時間をかけて、草を取っている。チピリンという名の植物らしい。葉をちぎって、どうだいい匂いだろうと僕の鼻の前に持ってくるのだが、僕には特別の感はない。チピリンの後はグイスキル(隼人瓜)の実だ。グイスキルの実は大きくなれば大人の拳をはるかに超える大きさになるのだが、まだテニスボールに満たない大きさの実を採取している。大きくなるのを待ちたいが、それを待つうちに誰かに盗まれてしまうということらしい。そんなものを持って行く人がいるのと、僕は思うが、こちらではなかなかの人気らしい。
畑の収穫物を持って家に帰った。どうもお母さんはペドロが持ち帰ったチピリンを待っていたらしい。粉にしたとうもろこしに水を加えてこねはじめた。その中にチピリンの葉を混ぜ合わす。結構な量のマーガリンも入った。そうして練り上がったトウモロコシを葉っぱに包み沸騰した水の入った鍋に投げ入れ茹でる。で、出来上がったのが、チピリン入りタマリートである。チピリンは、コツァルでは栽培されておらず貴重品なのだそうだ。味は、まあまあだね、と言うしかない。
グイスキルは皮のまま、これまた大鍋に入れて茹でる。そして、その茹で上がったグイスキルを塩も何もつけず食べる。一人で4つも5つも食べる食べる。僕ももちろん勧められたが、タマリートで腹がいっぱいになったからと断った。僕はこの茹でたグイスキルはどうもにがてなのだ。しかも、塩もつけず、何の味付けもしてないグイスキルを丸ごとかじれと言われてもなー。
グイスキルそのものは高知ではよく食べる。豚肉と炒めたり、味噌ずけにしたり、味噌汁の具にしたりと、結構食べるのだが茹でただけはどうもいただけない。
数日後、パナハッチェルで通りを歩いていたら、「チピリン入りのタマリート!」と大声で叫ぶおばちゃんの姿を目にした。チピリン入りタマリートはここらで有名らしい。あの葉っぱ入りがそんなにいいのかなー。でもこれまで耳に入っても聞き流していたに違いないチピリンという音がきちんと耳に届くようになった。
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2016年1月 4日 (月)

第254号 路上のジュース屋さん

最近野菜不足でもあり、ビタミン不足でもあると思いオレンジジュースを飲むことにした。店には一人の客がジュースのできるのを待っていた。皮を向いたオレンジを丸ごと押しつぶしていく。3個か4個のオレンジを使っただろうか。出来上がったジュースを並々とガラスコップにつぐ。ストローをつけて、ハイ出来上がり。5ケツァル(約80円)なり。
次は僕の番だ。ここはオレンジジュースだけしか売ってないから何も言わずとも、指一本を立てただけでOK。前と同じ行程だ。さて出来上がった。おばちゃんは、先ほどの客が飲み終わったグラスをとり、足元の水の入ったバケツに入れた。入れるとすぐそのまま取り出し、パパッと振って水切りをし、出来上がったジュースを注いで僕に差し出した。あちゃー、あの水にくぐらすだけ?
昔インドの漁師町の屋台の喫茶店で、魚を扱った手を洗ったバケツの水でチャイのコップを洗っていた光景を思い出した。もちろん、あの時ほど今回は強烈ではない。何れにせよ、日本でそんなことをしたら、皆目ん玉ひん剥いて、誰も寄り付かないだろう。
ジュースは普通にうまかった。
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2015年12月29日 (火)

第253号 バスと子供

ソロラからロスエンクエントロスに向かうバスの中でのことだ。10歳か11歳くらいと思しき女の子が両親とともに乗り込んできた。バスはそう混んではいないが、かといってガラガラでもない。両親は座席に座ったが、少女は父親の座席横に立っている。しばらくすると、多数の乗客が下車し、バスはガラガラになった。少女は父親のいる場所から移動し、誰もいない座席横に行ったが、依然として立ったままだ。時々両親の顔を見て微笑むが座る様子はない。そんな状態がしばらく続いたが、やがて母親の顔を見ながら、少しはにかんだように笑い、思い切った様子で席に腰を下ろした。
この国では、子供のバス料金は大人が同伴の場合は何人でも無料だ。その代わり、料金を払わない子供は座席に座ることは許されない。かといって、ガラガラのバスで座ったからといって誰も責めはしない。だからといって、堂々とは座らない少女の仕草が可愛かった。

写真は本文と関係ありません。

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2015年12月23日 (水)

ハロウィン

ハロウィン
10月31日土曜日、パナハッチェル。何時もと変わらない日常。明日の使者の日を意識しているからかどうか、町の観光客は何時もより少し少なめか。夕方近くに何時もの喫茶店でコーヒーを飲んでいると、何かに仮装した子供が二人ウロチョロし始めた。通りに出て見渡したが、それ以外には仮装した人は見当たらない。時間の経過とともに、あちらにポツンこちらにポツンと仮面を被ったり何かに模した服装をしたりした人々が見え始めた。その頃から子供だけでなく大人もちらほら。今日はハロウィンなのだ。しばらくそこらでウロウロしていたが、仮装人口がそれほど増えるわけではない。ほんの僅かの子供達とその数分の一の大人たちが、異装をし仮面を被って遊んで?いただけだ。知り合い同士が、まあ可愛いとか素敵だとかいって褒めあいをしているのは見たが、大部分の人はそんな衣装を見て振り向きはするがあまり関心は示していないように見える。この地方の人々の感覚はまともであると内心ほくそ笑んでしまった。
翻って、日本のことを考えてみよう。コスプレなるものの展示場と化した馬鹿騒ぎは論外として、早い時期からスーパーの店員までもがかぼちゃのお面を被って対応し、町中がハロウィン・ハロウィンと大騒ぎする。なんだ、これは?僕には理解し難い現象だ。
ハロウィンはもともと古代ケルトを起源とする収穫祭だと言う。しかし、古代ケルトの祭りと現在日本のハロウィンとの関係は皆無だろう。アメリカを経由してきた物事、あるいは金儲けの材料になると菓子やケーキメーカーに目をつけられたもののみが日本に根付く。同じケルト起源でも、あれがもしスペイン経由であったとしたら日本に根付くことはないに違いない。世界中に面白い風習はいっぱいあると思うが、面白そうというだけでは決して日本には根付かない。そう思うと余計に腹が立つ。
グアテマラ頑張れ。ハロウィンなんか取り入れなくてよい。

クリスマスイブの前日に届いた新聞折り込み広告の山を前に、少し感情的になりつつ。
写真は本文と全く関係ありません。
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2015年12月19日 (土)

第251号 食堂と犬

食堂で食事をしていると犬がちょろちょろし始めた。首輪はつけているが毛並みは悪い。店の犬ではないようだ。やがて僕から2mほど離れたところに座った。顔はこちらに向けてどうも食べ物をねだっているようだ。ほんの少しづつ匍匐前進してくる。20分程かけて約1mほどまで近寄ってきた。それ以上は近づかない。立ち上がるわけでもなくわけでもなくじっとこちらを見ている。何ともいじらしいではないか。熱意に負けて?残飯を少し投げた。さっと立ち上がって食べ物のところまで走りむしゃぶりついていた。そこらをうろついている町犬たちに食べ物を与える行為がいいことか悪いことかは分からない。
昨日愛猫が死んだと妻から連絡があった。今日は街をウロつくこちらの犬たちも皆愛おしい。
写真はこの時の犬ではなく他日他店で近寄ってきた犬である。
11月9日記
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2015年12月16日 (水)

第250号 パナハッチェルへの移動と大統領選挙

10月25日はグアテマラ大統領の決選投票の日だった。この日にアンティグアからパナハッチェルへ移動した。アンティグアはごく普通の何時もと変わらぬ日常に見えた。しかし、パナハッチェルでは投票のために、目抜き通りであるサンタンデールが車輌通行不可となっていた。そのため、シャトルバスはずっと手前で右へ曲がり、サンペドロなどへ行く船着場の前で止まってしまった。ここで降りろと言う。さて困った。僕が投宿予定の宿はずっと離れた所にある。ぎゅうぎゅうに詰め込んできたスーツケースは絶望的に重い。道はガタガタでスーツケースの車輪が壊れそうだ。途中でトゥクトゥクを拾いなんとか宿までたどり着いたが、もうクタクタだ。明日はあちこちが筋肉痛にちがいない。
宿は、日曜日なのにガラガラで宿泊客は僕一人のようだ。選挙のため誰も移動せず旅行なんかしないのだそうだ。街に出て見た。多くの店がしまっていた。客がなくて商売にならないらしい。選挙会場への行き帰りで人は多かったが、街としての活気はない。
12年前に始めてグアテマラへ行った。その時も次期大統領選挙をやっていた。選挙当日に、今日・明日は危ないから出歩かないようにと言われた。負けた候補者の支持者が何をするか分からないから、というのが危ないという理由だった。その年は、ボヤやら小さな小競り合いなどがいくらかあった程度で大したことはなかった?が、それ以前はひどかったらしい。選挙に勝つ最も効果的な方法は相手候補を消すことだという、あながち冗談ばかりでもなさそうな話も何度か聞いた。その頃に比べたら随分平和になったのだろうか。パナハッチェルの観光地としてに活気はなかったが、僕の目には平穏そうには見えた。
注目の?大統領選挙は、元コメディアンで政治には全くの素人だというジミー・モラレス氏が当選した。初の女性候補のサンドラ・トーレスは完敗だった。はた目にも、今のグアテマラの政治の舵取りは困難な課題山積みに見えるが、さて新大統領の力量やいかに。
選挙の翌日の新聞ディアリオはほぼ全面が選挙に関する記事だった。
写真は当選したジミー・モラレス氏の写真である。コツァルで見たものだ。マノドゥロー(固い拳)をシンボルとする右派政党の支援を受けているらしい。全くの独断であるが、この政党の支持を得ているようでは、あまり期待はできそうにない。
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2015年12月11日 (金)

フィアンブレ

11月1日に宿の主人から、死者の日の特別食としてフィアンブレというものを食べるのだが、一緒に食べるかと誘いを受けた。断る理由はもちろんない。
4ー5種類の煮込んだ野菜と、茹でたフリホーレス(豆)と、5種類も入っているというハムとソーセージと、スライスしたチーズと輪切りにしたゆで卵が台所に並んでいる。宿の主人がそれらをレタスを敷いた皿に手際良く並べていく。最後に粉チーズを振って出来上がりだ。味は煮込んだ野菜につけてある。甘酸っぱい。そして、ビートの赤が強烈だ。いわば盛りだくさんのサラダである。
年に一度の死者の日の食べ物だそうだ。結構高価なもので貧しい人は食べられないという。パナハッチェルでは約20%くらいの人しか食べてないとの説明だ。即座に20%という数字が出てきたが事実なのかどうか、何を根拠にした数字なのかはよく分からない。
後で何人かの人に聞いたが、どうもマヤの人たちにはフィアンブレを食べる習慣がないか、あったとしても最近のことのようだ。グアテマラの死者の日の食べ物として有名であるが、主にはラディーノの食べ物として有名なのではあるまいか。貧しい人々は食べられないというよりは、別に貧しくはなくても、もとより食べる習慣がないので食べないだけのことではないのか。あくまでも推測である。
肝心の味であるが、美味しかった。たくさんの具、とりわけたくさんの野菜は嬉しかった。あー、うまい。この日にこの場所にいてこんな食事にめぐりあわせて大変幸福だ、と最大限の謝辞を述べて帰ったが、まあ、それほど褒めそやすほどのものでもない。おっと、こりゃ失礼かな。

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