2017年7月18日 (火)

第270号 宿とシャワー水の温度考

イシル地方との関わりができて13年ほどになるが、ホテルでも個人の家でもまだ、暖か〜いと感じるシャワーを浴びたことがない。もちろん高級そうなホテルに泊まったことはないから、僕の泊まれる安宿での話である。
宿に入り部屋を見た後でシャワーに温水が出るかどうか聞いた。若いお姉ちゃんがこともなげに、出るよといった。素直にその言葉を信じ、湯が出ることを確かめずに宿をそこに決めた。

コツァルの夜は結構寒い。体を温めようとシャワーの栓をひねる。ノブは一つしかない。一つのノブをうまく調節することでお湯の温度を変える仕組みなのだが、うん?温度が上がらない。ノブを慎重に慎重にすこーしづつ回しながら様子をみるが、いっこうにお湯にならない。

そのうち、わずかに冷たくないはない程度の水になったが、それ以上にはならない。手をかざせば、冷たくはない程度だから、頭からかぶればたまらない。きっと震えるだろう。シャワーは諦めて顔だけ洗って寝た。

あくる日に、その旨話すと、今日の夜の8時から8時半の間なら間違いなくお湯が出ると言う。昨日は少し電源が足りなかったのだと、わけのわからないことをいった。8時になるのを待ちわびて、またシャワーの栓をひねった。やっぱり水だ。粘っていると、そのうち、昨日よりはもう少しだけ暖かい水に変わった。思い切って服を脱ぎシャワーを浴びた。うー、冷たい。体を洗っていたら風邪をひくに違いない。早々に諦め服を着た。

あくる日も同じだった。翌々日はネバフのホテルに移った。そこではもう少しお湯だった。しかし体を温めるには程遠い温度だった。

毎年訪れる知人の家には今年新たにシャワーが設置されていた。もちろん水シャワーだ。僕には冷たくて水シャワーなぞ絶対に浴びたくはないが、ここらの人には水が普通なのだと思う。家の外の水道で髪を洗っている人の姿はよく見かける。シャワーがあるだけ贅沢というものだろう。

だから、ほんの少し温かみはあるが、僕にとっては水という範疇に入るこの液体は、現地の人にとってはお湯なのではなかろうかと今思う。お湯が出ないと言う僕の問いに対して、8時から8時半の間なら出ると答えたその真意はよくわからないが、決して嘘をついていた訳ではないのだろうと思う。湯は出るはずなのにこの客は何をいっているんだとと思われていたのかもしれない。
勝手な想像である。

尚、以前に何回か書いたが、イシル地方にはチュと呼ばれるマヤ式サウナがほとんどの家庭にある。これは冷えた体を温めるには、もう最高だ。その設備を備えたホテルもあるが、安宿にはない。

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イシル地方で撮ったシャワーの写真がないため、これは別の場所での写真である。この形式のシャワーは水圧もあり十分なお湯が出る。


2017年7月11日 (火)

第269号 バスと物売りと伝道師

バスに乗っていると乗客以外にいろいろな人が乗り込んでくる。一番多いのは、飲食物を売る人たち。ちょっと大きな停留所に着くとバスは5分か10分くらいは停車することが多い。止まった途端売り子たちがドット乗り込んでくる。トルティージャやタマルといった食べ物の他、果物・キャンディ・ガムやピーナツ・フライドポテト・飲物と多彩である。

食べ物以外に時計やボールペンなどを売りに来る人もいる。ものもらいもやってくる。これは、手足に障害を抱えた人が多い。その他、薬売りも多い。これは長々と口上を述べた後、座席を回ってくる。どれも皆結構売れているから、不思議といえば不思議だ。

お金とは関係ないが、キリスト教の説教師もよくやってくる。静かに語り始め、やがて手を振り上げながら声がだんだん大きくなり、終いには絶叫調になる場合が多い。運転手と宗旨が合わぬこともあるのだろうか、説教中に運転手が音楽のボリュームを上げて、説教が聞こえなくなるという場面に出くわしたこともある。逆に説教が終わると大きな拍手が起こり、バス全体の雰囲気が何となく高揚するということもあった。

バスの中も面白い。座り心地が良ければ申し分ないのだが…
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2017年6月19日 (月)

第268号 乗合バス

乗り心地の良い乗合バス(通称チキンブス)には乗り合わせたことがない。座席は破れてボロボロ。座席が前に傾いている。前の人の背もたれ部分の後ろ側,要するにこちらの膝が当たる部分は鉄板がむき出し。前後の座席間は異常に狭い。その上,運転手の趣味による大音響音楽。すごいスピードと追い越し。 まあ、いろいろある。

今日は新手にであった。床の鉄板がむき出しで,その上,その鉄板が所々薄くなって擦り切れ、穴が空いていて下が見えるのだ。飛び上がって重量をかければ床が落ちてしまいそうな感じである。さすがちょっとこわかった。
が,何事もなく目的地に着いた。今日も明日も明後日もごく普通にこのバスは走り続けるに違いない。快適であるに越したことはないが、おんぼろバスも、まあいいか。

バスの構造には関係ないが,この僕の乗っていたバスが停留所から発車直後に,後ろでドカンという大きな音が聞こえた。振り返れば,バスの直後を走っていたと思われる乗用車が道の真ん中で横転している。ほとんど全ての乗客は振り返って現場を見ているが,バスは何事もなかったように走り去って行った。状況からして、恐らく対向車を無視しての無理な追い越しが原因だろう。
こんなのは、まあいいか!ではもちろん済まない。
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2017年6月 6日 (火)

第267号 コツァルの墓

これは一昨年の11月のことだ。
ぶらぶらと歩いてコツァルの墓地に行った。死者の日の名残の少し枯れかけた花が目立った。ここにはあまり大きな墓はないが、先日訪れたパナハッチェルの墓地に比べると、とてもゆったりしている。

隣り町のネバフには、恐らく内戦犠牲者のためのものだと思われる粗末な十字架だけの墓もたくさんあったが、同じようなものはここでは見当たらない。

入り口から100m程歩いた正面に十字架を掲げた建物があり、中奥には煙で燻し出されたような十字架などがたくさん転がっていた。以前同じような光景をネバフで見たことがある。マヤのシャーマンに関係する場所に違いない。中には祈りを捧げている人がおり写真を撮るのがはばかられた。

建物の外では子供達が凧上げをし、コマを回して遊んでいた。まるで日本の正月の光景だ。しばらく一緒に遊んだ。凧上げをするのは何十年ぶりだろうか。

こちらも結構楽しんだ後、じゃもう帰るよというと、一番大きな子が小さい子に、お金をくれと言って来いとそそのかしている。小さな子が金をねだってまとわりついてきた。
せっかく楽しい気持ちで帰ろうとしていたのに急に興ざめし、嫌ーな気分になった。
こんなことで嫌な気分になるのだから、まだまだ人間ができてない。
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2017年5月29日 (月)

第266号 ある旅行者

初老のアメリカ人らしき男性が、町の土産物売りと思しき母子をレストランに呼び入れ、盛んに何か話をしている。母子の足元には、彼女らの売り物である民芸品が風呂敷に包まれた状態で、ドカンと置いてある。彼はビールを飲んでいる。彼女たちにはピザを注文した。コーヒーとオルチャータという飲み物もきた。どうも男性は母子のうちの子供の方から片言のスペイン語を習っているようだ。

そんな様子を見て、3ー4人の売り子たちが寄って来て珍しそうに、また羨ましそうに覗き込んでいる。やがて、その男が新たに来た女の子たちに腹がへっているかどうか聞いた。女の子たちは大きな声でシー(はい!)と答えた。彼は彼女らのためにもピザを注文した。ピザが来ると、皆嬉しそうに、しかし静かに食べていた。

そんな彼らの様子を見ながら、僕は、自分のところに来る売り手たちには、「いらないよ」を繰り返し、一人で食事をほおばった。
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写真と文は関係ありません


2017年5月22日 (月)

第265号 大道薬売り

道や広場で大勢の人が集まり丸い輪ができていたら、大概物売りだ。中でも薬売りが圧倒的に多い。

今日もキチェの公園前で人の輪を見つけた。生の木の葉を幾つか地面に並べ、弁舌爽やかに口上を述べている。今回は塗り薬売りらしい。

恐らく世の東西を問わずだと思うが、売り手は誠に口の滑りがいい。僕がが子供の頃は、お祭りなどでこんな光景をよくみた。嘘八百の口上に騙されて幾つかものを買った記憶もある。

目の前で売られている薬が如何なるものかはわからないが、結構よく売れている。年がら年中お祭りだ、という雰囲気のこの場所にはよく似合う光景ではある。
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2017年5月13日 (土)

第264号 マゲイの季節

写真は、コツァルの市場の横の坂道での光景だ。長さ50センチ程度のマゲイ(リュウゼツラン)の繊維の束を肩にかけた女性が、器用に繊維を繋ぎながら糸を伸ばしていく。一方では他の女性がグルグルと繋がった繊維を機械で回している。もう一人女性が紐を引っ張っているのだが、この人の役割は何かよくわからない。が、とにかく、一人が繊維をつなぎ、もう一人がそれをうまく回しながらよりこんでいくことで、見る見るうちにマゲイの紐ができあがっていく。こんな光景をコツァルのあちこちで見かけた。端と端は50m以上に及ぶこともある。ほとんど全ては、この紐をより合わせたハンモックに変わるのだそうだ。ペドロの家にもこのマゲイのハンモックが二つかかっていた。
マゲイとはリュウゼツランのことで、その強い強い繊維を利用していろいろなものに加工されていたようだ。メキシコ南部での栽培が盛んで、化学繊維ができるまでは、用途が広くこれで財をなした人も多かったと聞く。今は昔日の面影はなく、ほそぼそとハンモックや目の荒いバッグになる程度かな。リュウゼツランの葉が紐になる過程は大変なものだと思うが、きっと安値で買い叩かれるのだろうな。
この季節にこの地に来るのは久しぶりなのだが、マゲイをなう光景は何回も見た記憶がある。マゲイの季節と表題に書いたが、別にこの季節に限ったことではないのかもしれない。
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2017年5月 5日 (金)

第263号 リシュー

知り合いのリシューが昨年再婚していた。もう6ー7年も前になるだろうか。元ヤクザだった彼女の前夫はヤクザ同士の内紛に巻き込まれ射殺された。その時妊娠していた彼女は心痛が重なり流産した。流産後の体調が優れず、というかかなり悪く、しばらく入院していた。退院はしたが、体調が回復したからではなく経済的理由からだった。その頃の彼女は痩せ細り、いかにも弱々しい感じだった。長くはないのではないかと思ったほどだ。
その彼女がすっかり元気になり再婚した。教会で立派な結婚式もあげたという。表情も明るい。その彼女の夫は今コーヒー摘みの出稼ぎに出かけているという。普段は山に行って、少しばかりの畑を耕したり、マキ作りをしているとのことだ。それだけでは生活できず、出稼ぎに出かけているらしいが、コーヒー摘みの出稼ぎ報酬が絶望的に安いことは何度も聞いている。それでも出かけざるを得ないリシューの夫を思い、リシューのことを思う。多くをとは言わない。日々の食事に困ることなく、将来子供ができた時の教育費くらいの現金収入があり、出稼ぎに出かける必要もなく家族が一緒に生活できる日のくることを望んでやまない。
男も女もこの地では仕事がない。それが問題だ。コツァルでの話である。
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こんな田舎町のどこに?と思うけどマラスと呼ばれるチンピラ集団が複数いたようだ。今はすっかり影を潜めているらしいが、それも軍隊が常駐して睨みを聞かせているからだと言う。マラスは困るけど、軍隊による治安維持にも不安を抱く住民も少なからずいるらしい。

2017年4月28日 (金)

第262号 地鶏のスープ

今日の昼はカルド デ ガジーナ(鶏のスープ)だと、昨日ペドロから言われていた。午前中僕がコツァル町をウロウロしている間に、ペドロの母は市場に鶏を買いに行き、それをさばいてスープを作っていたに違いない。市場に行けばブロイラーのさばいた肉はいくらでも売っているが、なぜか地鶏は生きたままで売買される。何かことあれば地鶏のスープを作るのは一般的なのだが、日常食ではなく、いわば晴れの食物で、誕生日などのお祝いの時によく出てくる。生きたままを買ってきて直前にさばく。だから、この辺りでは小さな子供も鶏のさばき方をちゃんと心得ている。今日は、ひょっとすると、日本からの客のために作ってくれたのかもしれない。そう思うとありがたい。肉の他に人参・キャベツ・チャーテー(隼人瓜)が入っている。味は何故かコンソメ風で日本人好みの味付けだ。肉は少し固いけど味が深く実にうまい。入っている肉の量も僕の皿が断然多かったような気がする。

地鶏肉の値段だが、1ポンド(約450g)あたり500円程度するらしい。決して安い値段ではない。ちなみに、ブロイラーだと、同じ重量で、180円程度だという。
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鶏の写真がなかったので豚で代用? これは、チチカステナンゴウの豚の市の写真

2017年4月18日 (火)

第261号 食堂はどこだ

前回はコツァルの宿について書いた。今回は食堂だ。宿同様に食堂もコツァルでは入ったことがなかった。いつも何処かの家でごちそうになっており、食堂に入る必要がなかったからだ。どこに食堂があるのかも知らなかった。今回、コツァル訪問13年目にして始めて食堂を探した。数は極めて少ないようだ。本当はもう少しはあるのだろうが、町の中心部で僕が探した限りでは4箇所しか見つけられなかった。しかも、外からみてここが食堂だとわかる場所はほとんどない。というか、一つもない。どこも中はくらい。メニュー表などはもちろんない。聞けば今日あるものを口早に教えてくれるが、大抵は何回か聞き返さなければ理解できない。メニューの数も極めて限られている。
コツァルにはこれといった観光資源はない。何処かの企業があるわけでもない。大きなコーヒー農園が一つ有るが、コツァルの町とはほとんど関係なく、コーヒー園関係者がコツァルに金を落とすこともないようだ。要するに外部の人がやってくる環境ではないわけだ。よそ者などはほとんどいない。だから皆食事は基本的には家でとる。食堂を利用する人がいたとしても、それはだいたい,警察官であったり、家が遠くて食事時間に家に帰れない人などの地域内の人々だ。当然食堂は少ないし、ここが食堂であると外部に向かって強く主張する必要もない。従って看板もない。そういうことのようだ。
10ケツァルから15ケツァルと値段は極めて安いのだが、ここで一人で食べる食事は限りなくわびしい。
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中に入ると,こんなところが食堂だったりする。ここは違うけどね。

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